第39話 化学兵器vs超越魔法

 機械兵器の化身となったソラと超越者アレフ。二人は空で向き合った。


『科学と魔法、どちらが強いか。興味のある検証と思わないか、超越者よ』

「私は呼び名が違うだけと解釈しているがね。ゆるぎない法則があるとすれば、どちらも人間の想像や空想の世界から生まれたものだ」

『魔神や神将もまた、同じところから来た。故に、彼らが人間を滅ぼすことはないさ』


 そして、両手の銃器を構えた。


「殺すのはいつも、人間の意思だよ」


 無数の銃弾がアレフを襲う。

 瞬間移動で消え、高速で飛翔し逃れても、照準エイムは外れない。

 なにしろ、並走の推進力の方が早いのだから。

 しかし当たっているはずが、まるで手ごたえが無い。

 ローブに穴すら開いていない。


『魔法の弾では当たらんよ。実弾を用意したまえ。鉄の塊の方がまだ気が利くぞ』


 風を切りながら、アレフが遠話で呼びかける。


『40mm口径の弾薬と90mm口径の徹甲弾なのだがなあ! どうやら届いていないらしい!』


 薬莢が宙をちりぢりに飛ぶ。


『そもそも、無詠唱魔法すら、お前は使っていないな!』

『いかにも! 少しばかり可視化してあげよう』


 アレフが人差し指を立てた。

 すると空に、黄金色の装飾品、或いは武具、防具が躍った。


『マジックアイテム……アーティファクトか』

『私の月黄泉ツクヨミの衣に触れた物質は全て我が工房に送られる。そして我が支配の錫杖は私に代わり儀式魔法を行使する詠唱を代わりに引き受けてくれる』

『だが、お前の攻撃魔法は私の装甲を貫くことはできないし、この速度、攻撃対象にとらえることができるか?』

『さあて、どうだろうか。まずは六万通りほど、試してみようか!』


 錫杖を手放すと、アレフは、ぱあん、と合掌した。


「千重の一重に こぼつ隠ろう 宇都の園 千代に八千代に すなどる 御稜威名みいつな 禍霊まがつひ ぐ――『十万八千里の果て』」


 空に、巨大な両の手が現れ、飛び交うアーティファクトごと、ソラを救い上げた。

 手に覆われ、そこは天も地もない、空間になった。

 ただ、アレフとソラが向かい合い、まわりにアーティファクトが漂う。


「美しいな。まるで銀河だ」

「賞賛と受け取ろう。逃げなかったな」

「逃げても覆い尽くされるのはわかっていたからな」

「仏の救世の掌の上からは、那由他の彼方だろうが逃れられないのだよ。逃亡禁止の魔法の、『超越』冠位魔法アンリミテッドさ」

「それに――ツクヨミの衣といったか」

「神秘の時代には知られていなかっただろうが、三十八万四千四百キロ、月までの距離に至る弾丸……フフフ、弾道ミサイルでも用意してみるかね?」


 当ててみろとばかりにノーガードのポーズを取った。

 その肩口に、大きな空洞が開いた。続き、一発の薬莢が弾道を描き、舞う。


「月までの距離? かぐや姫が牛車で連れ帰られる程度の距離だろう?」

「神秘はこちらの領分のはずなのだが。面白い……そう来なくては」


 音もなく、アレフの肩は修復された。


「面白い、か……なるほど。やはりお前……あなたは、見込んだ通りの開発者気質らしい」


 ソラは銃口を下に向けた。


「む?」

「いくらでも、あなたの実験・開発に付き合おう。だから、一つだけ助けて欲しい」

「――ほう」

「あなたについてはどう考えても、勝ち方がわからなかった。フィドルに倒させようにもフィドルがあなたと戦う動機を私には作り出せなかった」

「……さしずめ、私にあの世界について興味を無くさせ、戦いから外す、そんなところか」

「ミチホシが命を捨て――いや違うか。その命を使い、あなたをフィドル側につけさせた。そこに免じて、どうか頼まれて欲しい」

「アレイスタにも、護法プロテクション秘儀秘宝アーティファクトを持たせていたのだが、発動した気配が無かった。君と、内々に打ち合わせていたか?」

「……」

「沈黙は、是と取るとしよう。君の性分では、また憎まれ口を叩きそうだ」

「後生だ。あなたには、真意を話しておこう――」

「――」


 誰にも見られない、その空間。聞き終えて、アレフは頷いた。


「私が興味を失えばすぐにでも、ここを解除するが構わないのかね」

「もちろんだ……この身にも6万どころか無数の武装が備わっている。味わってみろ」

「はっはっはっはっは! なるほど、それは解放するわけにいかないな……我が術式に賭け、足止めさせてもらおうか!」


     ◇


 ぱちり、とソラが目を開けた。その目が胸に行き、自分の傷を確かめた。


「ふむ……輸魂のアーティファクトか……確かに」

「ソラ、なのか?」

「ああ。この世界の冥府の神と謁見してきたよ。課金アイテムといったところか。三途の川も金次第を、地で行くことになるとはな」

「アレフは」

「ややこしい空間に、エカテリナの体と共に入ってもらった。あれこそチートキャラの最たるものだな、倒し切ることはできん。せいぜい永遠に戦い続けて、研究してもらうさ――それを条件に、魂を移すアーティファクトを一つ提供してもらった」


 ソラは血のりのついたドレスローブを脱ぎ捨てると、新しいものに着替えた。


「それにしても、よくここにたどり着けたな」


 襟を正すと、フィドルに問うた。


「……あの、別れの時。俺に使い魔の儀式を?」


 フィドルは背中を向けた。そこには、片目だけの獣の目があった。


「それだけややこしい刺青の中、よくわかったな。間違い探しの素質あるぞ」

(この位置が見えてたまるかよ……)


 それが、彼女の位置までフィドルを引き寄せたに相違ない。


「行こうか、相棒。布石は打ってきた」

「ああ」

「連中め、ちょっと横っ面を叩くだけでは済まさんぞ」


 当たり前のように、ソラとフィドルは互いに手をかざし、ハイタッチした。

 少しは喜べよ――といいたかったが、なるほど、フィドルが想像していた以上に彼女の顔は輝いていたように思う。

 悪だくみをしている顔が一番輝いているというのは考え物だが。 

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