第五章 黒の世界

第38話 背を向けて


 城門が重い音を立てて開かれた。

 かかとを鳴らす音と共に、現れた女性が一同に向かい、歩み寄る。

 金の翼を持つ美しい貴婦人だった。

 純白のドレス、袖はフリルになっていて、冠こそ被っていないが王女の風格と気品を持つ。華美な装飾の鞘のサーベルを腰に吊るしている。


「ようこそ、デウス・リベリオン。私はシトリー。魔王様より、あなた方の案内を任されております」

「おうおう、冥土への案内だーってやつかー? やんのかおらー! おらおらー!」


 しゅっしゅと、透明な体から出てきた拳が空を切る。


「はっきり申しますと……お仲間の裏切りと被ってしまいましたので、途方に暮れておりましたところ……どうされます? 魔王様に挑まれる、というのであればどうぞこちら、門をくぐりなさい」


 その挑発に、キリュウは無言で剣を構えた。

 地面を蹴る動作のために、身が沈む。

 こつん、とかかとが鳴る。

 刹那、キリュウの両手首と首が断たれた。

 その傍らにシトリーが立つ。サーベルから血が滴った。


「キリュウ――!!」


 次の瞬間、何もなかったかのようにキリュウは立ち尽くしていた。

 驚愕を浮かべた表情でその首を、落ちていないか確かめる。


「まあ、こんな感じで。今のは、私の心を皆様に投影したに過ぎません」


 貴族の挨拶、スカートの裾を軽く持ち、会釈しながらシトリーはキリュウの傍から優雅な身のこなしで離れた。


「なあなあ、こいつやっべェんじゃねえの? 俺が、食ってやろうか?」

「それはたぶん、そちらのご令嬢が。やめてというのでは」

「そのとおりよ、ルル。BAD END しか見えない」

「そっかー……しゃあねえな。ここは逃げるか? 固めのメタルスライム・ムーヴだぜ」

「ふふ、経験値がたくさんもらえそうね」


 シトリーがそう言って笑った。


「なんだと」

「なんですって」


 何気ないシトリーの科白に、フィドル以外の転生者、全員があとずさった。


「恐れ入る、レディ・シトリー。説明を求めてもよいかね? 少なくともそちらは‘我々になじみのあるTVゲームのフレーズ’など理解できないと思うのだが」

「あら、こちらの心ある珍しいガイコツ魔術師さん、礼節に免じて、よろしくてよ」


 くすくす、と天使の笑顔を見せた。


「私の権能は男女の恋愛を取り持つこと。そのために心を読む力を与えられているのです。ああ、皆様の今、頭の中に浮かんだ言葉や思考を読む…読心術というものではなくありませんよ? もっと奥、あなた方の知性による理解のさらに先にある……そうですね、魂を測る、とでも言いましょうか」

「……この世界の精神耐性・神経耐性を超えた権能か。不死族である私の心も覘くとは」

「あなたたちの、認知の隙間に行動すれば」


 その姿が音もなく消える。


「こんな風に、気づかれず移動することもできます」


 城門前にシトリーは戻った。


「まずいぞ、このままでは皆殺しの未来しかない……!」

「ご心配なく。わたくしが手を下すことはありません。魔王様のお心。いえ、役割ですか。あの人間は、あなた方に倒されるためにいる、とのことです。さ、どうぞ。あなたがたの役目を果たすとよろしい」

「我々など眼中にないということか」

「まあ、転生者同士の内ゲバには興味ございません。ですが――」


 その目が真っすぐ、フィドルに向く。


「アナタは別よ。転生者たちのごっこ遊びは気にしないでいいわ。フィドル、キミはどっちを選ぶのかにゃー」

「!?」

「失礼。地が出てしまいましたにぇ」


 シトリーが口元を隠す。地面に映る影に気付き、アレフは上を見た。


「どうやら問答の時間は終わりらしい」


 アレフは飛翔の呪文を唱えた。


「我々に銃を向ける、その意図、問い質させてもらおうか……エカテリナ!」

『もはや隠すまでもあるまい。私はソラ、君達が十三番目の魔女と呼ぶものだ。私を殺したことがトリガーとなり、エカテリナの体を奪わせていただいた。こいつくらいでなければ超越者アレフ、貴様を殺し尽くせまいよ』

「……」


 アレフがフィドルの方を一瞥した。


「私が奴を抑える。その後のことは……君に任せよう。この世界を生きる君に任せてよいかね」

「約束するよ、俺が終わらせる」


 フィドルは強く頷いた。


「……思えば君という物語の外にいた人間は、カトレアの攻略ノートでも読めていなかった……か。一度その中身を見せてもらいたかったが」


 錫杖を掲げ、アレフは天を仰いだ。


「後顧の憂いはない! さあ! はじめようか!!」

全武装フルウェポン・開放。観測器キニチアハウ第一砲門チャク第二砲門フラカン自動防御盾イツアムナ機銃イシュチェール、全弾装填。衛星兵器ククルカン発動、カウントダウン』


 もはや、機械が本体、要塞の体にエカテリナ――ソラが変容した。


「フレイヤ、カトレア、ルルは俺と共に来い! 魔王の広間を目指す! フィドル」


 キリュウは一度、目を閉じた。


「任せる!」


 彼らが横をすり抜けていく中、シトリーは満足げに笑っていた。


「これは見ものですにゃー」


 空に無数の閃光が広がる中、フィドルは。

 何かに導かれるように、魔王城に背を向けた。

 そして、西側。エカテリナとソラの交戦したであろう場所を目指した。



 右。右。ここは、左――奥へ、奥へ、憶……追憶。

 見えぬ先への、臆。それはかみ殺した。


 無限に広がる森を、無我夢中で走った。

 なぜかわかる。どこを目指せばよいのか。

 

 やがて――開けた場所に出た。

 そこには、ドレスローブの中心に赤い惨禍を咲かせた、ソラが横たわっていた。


「ソラ……ちがうか、エカテリナさん!」


 駆け寄り抱き抱えようとした手に熱が浴びせられ、後ろの木まで吹っ飛ばされた。

 ソラの胸の上には炎の鳥の姿があった。

 それはやがて、赤毛の少女の姿に変わり、ソラの前で両手を広げ、遮った。

 ソラに匿われた、魔神フェネクスだ。


「エカテリナというヤツは死んだ。あなたも消えて」

「いいんだヨー、フェネクス。そいつはソラの使い魔だ」


 ひょこり、と子猫がソラの帽子から顔を出す。


「僕は魔神ハボリム。君にぶった切られた、煉獄大公ハボリムだ」


 ちょいちょい、とフェネクスの足をおす。どけ、というジェスチャーだ。

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