第37話 パーティーアタック


 西門、セカンド・サンセットに向かうエカテリナは先に飛び立った。

 陽動となるためだ。

 背中から青白い炎を吐き飛び立つと、あっという間に見えなくなった。


「いでよー、スキーズブラズニル号!」


 城門前、フレイヤが空に向かって両手を広げる。

 すると、そこに大きな帆船が現れる。

 ガレオン船をベースにした、海龍の衝角を持つ立派な船だった。


「フフ、これぞ魔法だな」


 骸骨顔でも、ご機嫌なアレフの様子が伺い取れた。


「さ、乗り込んで! 敵の横っ腹に体当たり食らわせるわよ!」


 船内に入ると、外が透けて見えるようになっている。


「なんだこれ、MM号みてーで落ち着かないなあ! こんなとこでスケスケのスライム要素はいらなくねーかあー?」


 ぽよんぽよんと、ルル=ドラ-ジが空けた壁にくっついたり離れたりしている。


「このまま空間転移に入るよー、アレフ、あなたが砲門代わりだからね、魔族が出てきたら撃ちまくって」

「心得た」


 周囲に虹色の光が伸びる。

 一瞬、浮遊感と、大気を揺るがすエネルギーを感じさせる遠鳴り。


「いくぞ! 魔王の手に落ちたセカンドオレンジを、強襲する!」


 キリュウが合図をすると、船は空に浮かび、矢の速さで全速前進した。


 魔界となったセカンド・サンライズ、東門の直前。

 草原を滑るようにスキーズブラズニル号は姿を現した。

 西の空ではエカテリナが飛天する魔族と交戦を始めていて、光弾が飛び交っている。


「このまま森に突撃するよ、キリュウ!」

「わかった。恩恵ギフト顕現、『現実仮想チェンジング・ワールド』!」


 目を閉じて、キリュウは剣をかざした。

 彼から波紋のように光が広がり、森が、地面が、ワイヤーフレームの姿に変貌する。やがて青白い数字がすべての物質の表面を覆う。


「これが俺の恩恵ギフトだ。障害物は破壊可能オブジェクトに変性させた」

「ふむ……フィドルには少しわかりにくい状況かもしれないが」


 アレフが人差し指を立てた。

 そうしている間にも船は加速を保ったまま森に突っ込む。

 船に触れた木々は、ガラスの粉微塵になって蹴散らされていく。

 戸惑うフィドルに、カトレアが口を開く。


「私たちのいた世界では、仮想空間という現実そっくりの世界を人工的に作り出し、そこでは『ヴィジョンゲーム』というスポーツに興じていたのよ。キリュウ、彼は世界を仮想空間に変えることができるそして――」

「アレフ、左舷に巨人! 木術属性、火炎攻撃!」

「うむ」


 アレフが錫杖をかざすと、外に魔法陣が浮かび、強力な火炎魔法が放たれた。


「少し散らしてくる。フレイヤ、操舵は任せる!」


 キリュウは甲板に駆けあがっていった。


「――そして、彼、桐生正史郎はその仮想空間の、絶対王者だった人よ!」


 我がことのように、カトレアは満面の笑みを浮かべた。


「俺も負けていられないな。出てもいいか?」

「フフ、逸るなフィドル。君は魔王討伐の切り札。温存しておくのも戦いだよ。ここは任せるがいい」


 アレフの攻撃魔法とキリュウの双剣によって、船に取り付こうとする魔族は悉く弾き飛ばされた。


 そうして、森を抜けた。

 かつて町だった場所。そこは、巨大な塔の並ぶ、魔王の城に変貌していた。


「船はここまでね。門番も何もいないのが気になるけど……おりましょ」


 フレイヤがパン、と手を叩くと、全員が円陣を組む形で船の外に出た。

 真ん中に模型の大きさになったスキーズブラズニル号がある。

 それをフレイヤが持ち上げると、音もなく消えた。


「キリュウ、大丈夫だった? 息上がってない?」


 流れるような足運びでフレイヤがキリュウの隣に行き、腕を組んだ。


「あざとい……」

 カトレアが漏らす。


「ひっひー、なんだよー、オマエ、キリュウのこと好きなのかよー?」


 カトレアの頭の上でルル=ドラ-ジが跳ねた。


「何度も言いますけど、ゲーマーやってて憧れてないヤツ、いないわよ。動画配信で稼いでコレも持ってるし」


 指でお金のマークを作る。


「そいつはまとわりついて吸収したいなー。スライムだけに……」

「カトレア、攻略ノートに変化は?」

「ちょっと嫌な内容が出てるけど……」


『こちら、エカテリナ。聞こえるか』


 耳の奥に、念話が届く。

 フィドル以外は、耳に手をやると四角い窓の様なものが目前に浮かび、そこにエカテリナの顔も映っている。

『こちらは魔神バルバトスと交戦中。手ごたえはあったが……倒し切れているかと言われると死体は確認できていない。私のキニチアハウの観測によると、森を抜けて城の方に向かったようだ 』

「それはまずい。実にタイミングが悪い、我々はまさに城門前にいるのだよ」


 がしゃん、と金属の装填がまとまって響いた。城壁から一斉に長銃が顔を出す。


「ちょおっとおぉー! 聞いてなーい! 陽動はどうなっているのよお!」


 フレイヤがキリュウの影に隠れた。


「ルル、大丈夫でしょうね?」

「おう、全部跳ね返してやるからどーんと構えとけ、嬢ちゃん」


 ポムポムと頭の上で跳ねると、カトレアは迷惑そうに眉をひそめた。


「弾幕ゲームか。初見殺しには慣れてる」


 キリュウは手数を増やすべく、左手にも剣を出現させ、双剣を構えた。


「銃弾は矢除けの魔法では対抗できないが、問題ない。奇襲ならまだしも私に詠唱させる時間を許してはいけないな」


 アレフは錫杖を掲げた。


『わたしもそちらに……と、お前は……』


 続いて小さな声。‘私の声も回線に乗せられるか’と聞こえた。


『十三番目の魔女……』


『聞こえるか、転生者ギフテッド諸君』


 ソラの声が耳に届いた。


「ソラ!」


 フィドルがたまらず叫んだ。


『召喚、魔神フェネクス、魔神ハボリム』

『させるか!』

「ダメだ、エカテリナさん!」


 そのフィドルの声は、本来はエカテリナに、ソラを殺してはいけない、身体を奪われるという警告のはずだった。


 しかし。


 これまでの布石、そうミスリードするようにソラは仕込んでいた。

 ‘ソラを殺さないでくれ’という、身勝手なフィドルの嘆願に聞こえたのだろう。


『消えて失せろ!』


 非常な殺人マシーンである彼女は、容赦なく引き金を引いた。


『転生者 招かれざる13番目の魔女の恩恵ギフト

『致命的一撃に対しての誘発効果の恩恵ギフトを発動』

 時間が止まっているように、世界から色が消えて――


「ダメだわ。ソラが死に、エカテリナが魔族側につくわ」


 カトレアが攻略ノートの内容を告げた。


『ソウルスナッチャー、発現――フフ、実に強い体だな。そういうことだ。エカテリナは死んだよ』


 エカテリナの声で、ソラの台詞が全員の耳に響いた。

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