第35話 デウス・リベリオン4

 目を開けると、目前にフレイヤの顔があった。


「起きた……」


 安堵の声が迎えた。

 水晶の瞳が正確に現状を把握させる。場所は恐らく、テントの中か。


「気が付いたか、フィドル」


 キリュウが頷く。


「その顔だと、およその状況は把握できているか」

「この顔がなんと?……よしてくれ、半ば死人の顔さ」


 光の消えた水晶の目に彼は何を見たのか。それとも、よほど晴れた表情をしていたのだろうか。

 しかし、答えた頭に、重い感触。エカテリナの銃がこめかみに当てられた。


「魔女の手のものだ、危険分子は排除すべき」

「危険分子ではない」


 アレフが歩み寄り、フィドルに立つように促す。懐から出した掌に、粉々に砕けた青い石が乗っていた。


「彼に渡していた護法よ。ミチホシは、良き友人だった。その彼が託したのであれば。私は、お前につこうと思う」

「ちょちょちょっ、アレフ!? ミチホシを殺した相手に!!」


 フレイヤが半泣きになってアレフにすがった。

 ローブをはためかせ、それを振りほどく。


「敵になるということではない。お前たちの見ていない世界で、こいつを見てきた私を信頼して欲しい」

「俺は……」

「四の五のは言わさない。死ぬ間際の友人――ミチホシに頼まれたのだ。私の顔を立ててもらうぞ」 


 否応にもわかる。不死者であるはずの彼が、怒っていた。

 

 本営テントにて。

 キリュウ、フレイア。

 アレフ、エカテリナ、カトレア。

 ルル=ドラ-ジ。そしてフィドル。簡素なテーブルを囲んでいた。


「彼女――魔女、ソラの目的は、貴方たち、転生者を皆殺しにすることだ」


 フィドルはそう切り出した。


「それは把握していたわ」


 カトレアが答える。


「聞いていないが」


 エカテリナが噛みつく。


「……私の恩恵ギフト、『攻略ノート』は、他者の干渉があると読み解くことができなくなる。ノートには、ハッピーエンドあるいはバッドエンドへの道筋が書かれているわ。他人がそれを知ること、ほんのちょっとのことで未来は大きく歪む。バタフライエフェクトというヤツね。だから、伝えるわけにはいかなかった。もっとも……」


 使い古されたノートが投げられた。


「ミチホシの恩恵ギフト、『永劫回帰エターナルリターン』の干渉のせいで、別の世界線が混ざってしまった。本来一冊のこれが」


 ぱさ、ぱさ。続けて、恐らくは汚れすら全く同じのノートが重ねられた。


「中身はバラバラよ。こうなったら、もう指標にはできない」

「どうして!? いーじゃん、みせて!」

「めっ」


 フレイヤの伸ばした手をカトレアは扇子ではたいた。


「二分の一で死ぬかもしれない選択肢に乗れる? 確定していなくてはこの攻略ノートに価値はない。まんまと、能力を殺されたわ」

「一番手ごわい能力二つを何とかしたいとソラはいっていた」


 ちっ、と舌打ちしながらも、カトレアはまんざらでもない様子だ。


「まあ……都度都度の判断には、アドバイスできると思うけど。あまり当てにしないで。参考程度で、使ってちょうだいな」


 赤面を隠すように扇子を開いた。


「気になるのは、ソラが転生時に聞いた大いなる意志、神ならざるXとやらだな。我らを殺せば元の世界に戻れる……というやつだ。この際、服芸はなしにしてもらいたい。何か、Xから聞いた者はいないか」


 アレフが全員に問うた。


「私はない。むしろ『一人軍隊』のギフトも、思っていたものと違うくらいだ」


 エカテリナが銃器を出した。


「架空の装備――この世界に無い物を要求したからだろうが。説明は一切なし。わかるか、西側東側の規格の違いすら反映されない口径弾に、初速や貫通威力すらでたらめな銃器を使わせられる情けなさが。安いソシャゲのFPSのがマシなくらいだ」

「ミリオタはそういうの気にしそうな上に、『それは違うぞぉ~』ってニチャられても嫌だからでしょうね。私はハッピーエンドを目指すように言われたわ。そうしたら、観測者としてこの世界の外に戻れるって」

「そういうアレフはないのか? なんならこの中で一番怪しいまである」

「それは見た目かねエカテリナ? 『超越者』のギフトを願うにあたり、この世界のルールからの逸脱を願ったからかな。Xから要求やプラスアルファの餌は無かった」

「キリュウは」

「俺はフレイヤに召喚されて、そこで彼女の信徒になるように言われ、言われるがままに了承したからか……無いな。エカテリナのと同じく、ここにはない、自分の得意なゲームの世界のように活躍させてくれと願った。なら、そのゲームをクリアしろと。ああ、これがそうか、Xの出した条件といえるな」

「さすがeゲームチャンピオン、桐生正史郎ね」

「カトレア、その中の人呼びはやめてもらえないか、フェアじゃない」

「まあ、今更だろう。私は天野一。システム開発に携わっていた。恐らくはこのなかでは年長者だと思う」

「はいはい。加藤心祷音、高校生。好きなもの、乙女ゲー。これでいい?」

「フレイヤ。慈愛と豊穣の女神、美貌の化身、フレイヤよ!」

「いや、お前はいらないだろ……」


「なるほどねー」


 そう反応したのは、聞いたことのない、高い声だった。


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