第33話 大詰め②

「私にはギフト『攻略ノート』がある。ようは、物語を外から覗く力よ」

「なるほど。お前がいる限り、目論見は全て丸裸だったということか。ここまで晒さなかったのは、他の奴が干渉して未来予測を変えさせないため、といったところか」

「ずっと……嘘をついてきたわけか」


 フィドルの声に覇気はない。責め立てる口調でもなく、ぼそぼそ、と。


「利用させてもらっただけさ。どうやらお前の隷属の呪縛は解かれてしまったようだな。やはりさすが超越者アンリミテッドアレフ。厄介だな。ま、そちらについてもかまわんぞ? 私の目的は果たされたからな。一番難儀な『永劫回帰しにもどり』ミチホシ・マツダの恩恵ギフトを封じられた、今回はそれで十分な成果だ」

「次回があるとでも思うかね」


 アレフがずい、と前に出た。


「それはフィドル次第だ。すまないが、ピンチだ。助けてくれないか」

「あなた、この期に及んで……!」


 カトレアが狼狽を見せる。


「どうした悪役令嬢、その様は? 攻略ノートとやらはこの先の話を教えてくれないのか?」


 はたして、フィドルは立ち上がり。アレフ達に、剣を向けた。


「どうして!!」


 カトレアがたまらず叫んだ。


「……なんのつもりだ」


 低く、アレフは問うた。


「俺はソラにつくと決めたんだ。騙された、かどわかされた、あんたたちはそう思うかもしれない。だが、俺は。ベル様を殺した。間違いなく。……その罪は背負う。信奉していた転生者様を裏切ったことには変わらない。なら、最後まで俺はソラの元で戦う。そう、決めた」


 ソラに憎しみはない。それはとても不思議なことだった。

 怒りは、どこに向けたのだろうか。どこに向けたのだったろうか。


 この感情すらソラに作られたものだとしても……


「悪くない気分だ。

 どうやら、今の俺はソラに……まともに顔も、観れそうにないけど」


 ソラと向き合えば、真意を読み取れるかもしれない。敢えてしない。

 横目でカトレアの表情を見た。驚愕の表情。つまり、これは彼女の想定の外。


「そんな、はずは……そんな! どうしてぇ!?」


 それでいい。それがいい。転生者の枠の外を行くんだ。

 一度決めたことは変えられない。


「俺は蝙蝠なんかにはなりたくない、卑怯者にはならない!」

「……! あああ……ッ!」


 カトレアの手にノートが出現し――そしてそれは、左と右。

 両手に一冊ずつ有った。


「どこで見誤った? 攻略ノートは『二つの並列世界を観測してしまった』違うか」


 カトレアは膝を付いた。支えを失い、二冊のノートが地面に落ちる。

 その一冊をベルが拾い。パラパラとめくった。


「あっ、ダメ……」

「なるほど、どういう事情かわかんないけど、どうやら彼を歪めたのは僕ということか。なら」


 ノートを話すと、刹那、瞬間移動。ベルがフィドルの横についた。


「罪滅ぼしか、許しを請うか。別世界の僕に代わって、その責任を果たそう。ここはフィドル君の顔を立て、魔女には逃げてもらう!」

「なんだと……」


 骸骨の表情はわからないが、明らかにアレフの声にも動揺があった。

 フィドルもまた、その横顔を見守った。

 不敵な笑みはなく、苦虫をかみ殺したベルの表情。


「なんとなくだけどね、わかるんだ。僕はもう、終わっていると。そして僕はフィドル君と同じく、魔女の甘言でどうやらひどいことをしてしまったらしい。なら、責任の取り方も同じであるべきでしょう……違うかな?」

「ベル、様……」


 つきものが取れたような顔になっていたと思う。


「――君には済まないことをした。うっすらとしかわからないんだけど……ひどいことをいった。君たちのいる世界をあざ笑っていた。……ごめん」


 許せるかと言われると複雑だったが。

 フィドルは首を横に振って、謝罪を受け止めた。


「アレフ、すまん、俺も限界だわ」


 ミチホシはごぼ、と吐血した。


「ああくそ、伝えるのに、精いっぱいで。あの剣にやられたら、どうもだめらしい」


 まるで幽霊がそうであるかのように、ミチホシの身体の一部が欠けたり、透けたりしていた。


「ミチホシ、ばかな!」


 足から力が抜けて、ミチホシは仰向けに倒れた。


「ミチホシ!!」

「あのさ、アレフよう……フィドルっちのこと頼むわ……なんと、か、さあ……カトレアたんの言う、『ハッピーエンド』に導いてやってくれ!」

「いかん、いかんぞ、ミチホシ……!!」

「へへ、見てるか、神さんよう……ここ、まで、辿り……ついて……ったぜ!」


 悔いのない晴れやかな表情でミチホシは拳だけを天に向かって突き上げた。

 何度か味わった、夢から覚める感覚がフィドルを襲った。


『輪廻回帰 消滅。ミチホシ・マツダの死によって、このIfの世界が消える』


 誰のものかわからない。その決定した意志だけが響いた。

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