第32話 大詰め①

「やはり普通に、サポート枠で戦えばお前は強いな、ベル・ブラフォード」

「十三番目の魔女? あなたまで、来ていたのか」

「おっと、私も忘れてもらっては困る」


 転移方陣が開き、アレフが姿を現した。そして魔力の錫杖をソラに突き付けた。


「ここまで来たのだ、種明かしの時間をお願いしたいものだな、魔女殿」

「その様子だとお前も‘前の世界’の記憶を持ってここにいるな、超越者アンリミテッドよ」


 すん、とソラは嘆息した。


「その前に。あなたもいるんだろう? 悪役令嬢ヒール

「あら、お気づきで。あと、暗躍令嬢です。生憎と、負けヒロインではございませんことよ!」


 ひょい、とアレフの影からカトレアが顔を出した。


「これは、いったい……」


 フィドルはソラとアレフの間に立った。


「私を守れ、フィドル。私の勇者」


 背から声をかけられ、体が勝手に動き、神殺しの剣が抜かれた。


「それはフェアではないわよ、魔女さん」


 カトレアが扇子でソラの鼻っ柱あたりをびし、と指した。


「君こそ。どうして私の目論見が看破されていたか、聞かせてもらえるか?」


(どういうことなんだ。なんだ、これは?)


 フィドルの頭の中が、ぐるぐる混乱する。


「見るがいい、フィドル。これが今の君の姿だ。『秘儀秘宝アーティファクト・真実の鏡』」


 アレフの錫杖が輝くと、フィドルの目の前に水鏡が浮かんだ。


「『強制執行ファミリア・オーダー』。皆殺しだ、フィドル」

「が……! おおおおおおおぉ!!」


 背中が燃えるように熱い。憎悪が腹から湧いてくる。

 世界が赤く染まる。さあ、邪悪な者たちが爪と牙を剥いている。

 命令だ、目の前の敵を。殺せ。殺せ。


「フッ……私の前でそんな低レベルな術式を見せないで欲しいものだな。『冠位魔法ハイスペル貪蝕破呪スペル・ディヴォアー』」

 アレフの指輪の一つが輝いた。

 大きな脱力感、そしてフィドルは恐ろしい妄執から解放され、片膝をついた。


「私の恩恵ギフトは、この世界のあらゆる魔法を一つ上回る魔法『超越』の行使だ。その私と魔法比べをするのはあまりにナンセンスと思わないかね?」

「があ、う――がああああ!!」


 フィドルは服を破り捨てた。痛みで、背中がはがれそうだった。


「見なさい、フィドル君」


 痛みの中、頭を上げた。

 水鏡。そこには、右肩の、使い魔の証・獣の瞳――

 それが、背中一面に広がり、完全な妖獣の体を描いていた。

 じくじくと魔法文字から血が滲み、一目でそれは邪悪な儀式の賜物と分かる禍々しさだった。


「使い魔の契約だと? とんでもない、これは隷属強制の呪い。少しずつ、魂を侵食していく、たちの悪い魔術だ」

「ソラ」


 呼びかけに、ソラは冷笑で返した。


「こちらの真意がお前に伝わっては台無しだからな。悪いがイーブンの契約では支障があってね」


 時折見せた、こちらの心の奥底まで覗き込むようなあの、恐ろしい目になっていた。


「君の口から答えてもらおうか。彼に、なにをしたか」


 アレフの虚空の目が厳しく光った。するとソラはあざ笑うように悪態をついた。


「『村が魔法で巻き込まれた』では弱いんだよ。彼に、お前達――転生者を憎んでもらうにはな。彼は恐ろしく、いやバカがつくほどにお人好しで許してしまいかねない。いや、きっと許すだろう。故に、悪夢の魔法をかけた。そう特別ではない、こちらの世界にある、ウィッチクラフトワークス。ちょっとした悲しい夢を見させた。まんまと彼には悲劇の人になってもらった」

「それじゃ……ベル……ベル様は」


 ベルは不思議そうな顔をしていた。


「その童貞に、村娘を乱暴するなんて真似できるかよ。少なからず、私と意志共有していたなら、そいつが村を巻き込んでいるビジョンをお前も視ていたのではないか?」


 悲しげな背中のベル。両膝を突き、空を仰ぎ、慟哭を上げた――脳裏に、明確なビジョンでして浮かぶ――思い出した。


「でも、高級クラブでの、蛮行は」


 すがるような口調だったと思う、何かの間違いであってくれと。


「ミツキ同様、少しずつ口添えしてやったのさ。転生者の力の使い方をな。元々精神的には下等な陰キャだ、増長するのに時間はかからなかった」

「口添え――そんな時間は無かったはずだ」


 ソラは首を振ると、それを否定するように目を閉じた。


「お前、自分が一日・二日寝ているだけと思っていたのか? お前に夢を見させていた時間はひと月ほどだよ」

「……どこから」


 もう、ソラの顔を見ることができない。歪んだ笑みを観たくなかった。


「フェネクスが村を襲ったあとから、だな」

「デウス、リベリオン本部……会議場」

「そう。夢で私と意識が繋がっていたから見えたろう。増長したベルの姿が。私が‘彼に憧れる伯爵令嬢の姿’で何度も耳元で入れ知恵してやったのさ。村一つ巻き込み、心の弱っていたアイツを調整するのは泳ぎを知らないものを溺れさせるのと同じに、容易かったよ」

「なんで、どうしてそんなことを」

「今更だな。私の目的は転生者を皆殺しにして元の世界に帰ることだ。それ以外に何が?」

「――!!」


 地面の土を、血がにじむほどに握った。


「さ、こちらは手の内を明かした。カトレア、聞かせてもらえるだろうな」

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