第29話 異世界居酒屋

 本営テントに向かうと、『異世界レストラン』の扉が浮いていた。


「なるほど……どこでも会議できるわけか」

「ふふ、ついでにうまい夕食にもありつけるかもな」


 その扉を開けると、ほんのりとした、照明を落とした店が二人を迎えた。


 そこには既にデウス・リベリオンのメンバーがそろっていた。

 会議、という雰囲気ではなく。畳敷きの高くなった座敷に、テーブルが二つ。

 奥から、キリュウ、フレイア、カトレア。

 手前に、アレフ、ミチホシ、エカテリナ、ルル=ドラージ。

 

 自然と人の少ない方、キリュウとカトレアのいる卓に着いた。


「懐かしいな、居酒屋か」


 ソラが感想を述べた。

 ぼんぼりの明かりは優しく、食事を邪魔しない程度の木の匂いがする。


「十三番目の魔女帰還と、魔神討伐成功のお祝いも兼ねているからね!」


 メイド服に、ジョッキをありったけ持ったアレイスタがテーブルに並べていく。

 一人で並べているはずが、あっという間に、いつの間にか、色とりどりの食材が並んだ。

 フィドルは思わず、アレフの方を見た。


「ん? 私がどう食べるか、興味があるのかね?」

「ああ、これ、ありがとうございます」


 もらったドクロの象徴印を見せた。


「魔女殿も人が悪い。せっかく人材を発掘したと久しぶりに胸躍ったものを」

「胸は隙間だらけだろ、ずいぶん風通しがいい」


 くすくすと、一同から笑いが漏れた。ソラに導かれるまま、席に着く。


「初めまして、フィドル。俺はデウス・リベリオンの長、キリュウだ」

「挨拶はあとにしてよね! 先に乾杯の音頭! 早く!」


 両手にジョッキを持ちフレイヤが立ち上がる。


「座りなさい」


 とエカテリナが窘め、


「いや立たねーよ」


 とミチホシがあきれる。


「ビールもう減ってるし……」


 これはカトレア。不満が上がる中、大きな声でカンパーイ! とフレイヤはひとりで両手のジョッキを鳴らした。


「音頭はどうした……ったく」


 キリュウのジョッキとフィドルは乾杯した。

 まるで、冒険者の宴だ。思わず、フィドルは頬を緩めた。


 

 終始和やかに、食が進んだ。ふと、セカンドの人々――人間をやめてしまった者達  の姿や、明日もままならぬ避難民の姿が脳裏に浮かんだ。


「おいしい? 飲んでる?」


 ひょこりと横から、アレイスタが顔を出した。


「あ、はい、こういったことはその、初めてで。緊張してます」

「自分たちだけ……と思うか?」


 キリュウがフィドルの曇り顔を察したのか、問うた。


「兵站という見方をすれば、アレイスタがいる限り餓死者が出る心配はないはずなんだがな。肝心の、全員に行き渡らせるというところが難儀しているな」

「だよなー、異世界レストラン前に行列させるわけにもいかねーもんなあ」


 ミチホシが肉にがっつきながら、フィドルの横にどっかと座った。


「餃子一日百万個と、握り飯で何とかならない?」


 アレイスタがぎゅうぎゅうとおにぎりを握るしぐさを見せる。


「アレイスたんの過労についてはアレフが常に回復魔法をかければいーんでないの?」

「飲食のブラック企業……」


 ぼそりとエカテリナが呟く。

 賑やかなのは苦手そうだが、独自の空間で楽しんでいるらしい。 

 

「私の前身をIT技術者と知っての提案かねミチホシ」

「あっちゃー、地雷踏んじまったなそれ! ブラック案件まったなし!」


 ふざけ合い、ただの普通の若者のように、笑う。


(この人たちを……殺すのか?)


 ミチホシ、フレイヤ両名になみなみと酒を注がれながら、どこか遠くの他人事のようにフィドルは思った。


「ソラ、魔界にもベルの情報はなにかないか?」


 キリュウの問いは宴会の雰囲気のどさくさだったが、全員に聞こえるものだった。


「無い」


 ソラが即答する。


「毎日のように、あの伯爵令嬢が通ってたもんな。いじましいね、涙を誘うよなー」

「ベルはシクス・インディゴの魔神フェネクスとの対峙以来、様子がおかしかったからな」


 フィドルのビールを呷る手が止まった。


「フェネクスの炎に対して対抗の攻撃魔法で、村を巻き込んでしまった、だったか?」

「あれは……悲しい事件だったね」


(違うぞ、お前達。ミチホシ、アレフ、あんたたちもいたじゃないか。

 いま、あいつの断罪を――)


「フィドルくん、無理して飲まなくていいよ。はい、特製のあったかいスープ」


 立ち上がろうとしたところに、アレイスタがことり、とボウルを置いた。


「あ、ありがとうございます」


 その優しい湯気に怒髪天が収まり、ふと、冷静になれた。

 掬い上げ、口に運ぶ。鮭と、よく煮込まれた芋。


(……ちょっとまて。 この、味は――)


 ごぼ、と吐いた。

 間違いない。間違うはずがない。

 ローサが、フィドルの母から一生懸命習い、作ってくれたあの味だ。

 そして、フィドルがローサに恋をした瞬間の味だった。

 アレイスタはフィドルにあった一番を出してくれたのだろうが――

 鮮烈に、脳裏にローサの最後、無残で残酷な姿が浮かんだ。


「あ、うあ……うわあああああっ!!」


 唯一残った、人間の部分を抉られる。焼ける、焦げる。喉が、胸が。壊れそうだ。


「ちょ、ちょっとフィドルくん! こっち、洗面所!」

「おっと、アレイスたん一人じゃ無理だ、手伝うよ」


 ミチホシ、アレイスタに肩を借りて、洗面所に向かった。

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