第28話 暗躍令嬢

「ほう、アレフとも知己を得たか。やるじゃないか」


 改めて野営地にてソラと合流し、今日のお互いの成果を伝え合った。

 とはいえ、使い魔として意識がつながっているからか。

 およその出来事はどことなくに頭に入っていた。


「いよいよ連中との対峙だ。軽くおさらいしておくか。転生者オタクのお前と現実の彼ら、すり合わせが必要だ」


 一人目。デウス・リベリオンのリーダー キリュウ。


「奴のギフトは、こっちの世界の人間にはピンとこないかもしれん。『現実仮想ヴァーチャルダイブ』。ゲームの現実化だ」

「無敵の黒騎士」

「恐らくはなんとなく強い剣士、といった認識だろうな。こちらで言うところの剣術を競う闘技場コロッセオがあるだろ。そこのチャンピオンが、他のどの分野でも闘技場のルールで戦うことができる。ポーカー……賭け札遊びでも、剣の試合の体で勝敗を決められる、といった感じの恩恵ギフトだ」

「なるほど、ピンとこないな」


 同、『選定の女神』フレイヤ。


「こいつは転生者ギフテッドを呼び出している張本人で、この世界の神の一人だ。この二人が中心となり、デウス・リベリオンは結成されていくわけだが」

「ごめんくださいまし!」


 唐突に、天幕の外から女性の声がかかった。


「なんだと」


 ソラの表情が途端に険しくなる。


(暗躍令嬢、カトレア・クローネ!フィドル、余計なことは話すな、私が対応する)

(了解)


「どうぞ、入ってくれ」

「夜分、失礼致しますわ!」


 ふぁさ、と風に揺れる程度で入口が開き、カトレア・クローネが入ってきた。

 戦場に似つかわしくない花の色のドレスを纏う。

 絵に描いたような貴族のご令嬢の様相、大きなリボンと扇子が印象的だ。


「カトレア、あなたはサード・イエローの城塞都市の守りについていなかった?」

「今日は魔族の襲来はもうありませんから」


 そう断じた。


(暗躍令嬢カトレア。こいつの恩恵ギフトは私も未解明だ。なんとなく、未来を読んでいる、程度だ……護衛は、いないようだが……いつでも、剣を抜けるようにしておいてくれ)

(わかった)


「こちらこそ。あなたがこのタイミングで戻ってきていて、驚きましたわ」

「先に挨拶に顔を出すべきだったかな。サプライズと思ったんだが」


 そして、カトレアに掛ける座を薦めた。


「ふふ、こちらがと聞く前に答えてしまうのね」


 座ると、ころころと口元を隠して笑う。

 そうしたなら、その質問を回避できる。

 まるで「何か都合が悪いの?」とカマをかけられている印象を受けた。


「ミツキの様子はどうかしら?」

「魔神の使役に大きな力を使ったのか、消耗している。私の工房で休ませているよ」


(兵卒からそのことは伝わっているはずだが。わざわざ聞いてくる意図は。さて)


「ふんふむー……」


 眉をハの字にして、カトレアは考える。


「――エカテリナがいなかったから、でしょ?」

「恋人の語らいのことか?」


 一切の心音の乱れなく、ソラは答えた。

 聞いてふむ、とカトレアは満足そうな笑みを浮かべた。


「まだちゃぶ台返すには早い、か」

「君の言うところのフラグ回収が足りていない、というところかな?」


(フラグ……回収……?)


「わざわざ現実世界ならではの言い回しを使うのは、そっちの彼に真意を知らせぬよう私に伝えたと解釈しても?」

「まるで毒を混ぜるような言い回しだな。あいにくと彼は私と使い魔の契約を交わしている。腹黒いものがあるなら彼に筒抜けさ」


(フラグとは、何らかの目印やきっかけ、出来事を指す)


「そうやって信頼関係を築いていると‘思わせている’……なるほど、なるほど」


 カトレアは深く頷くことを繰り返した。


「確認にきたということは確信には至らずか。安心したよ。まだ‘先は’決まっていないかな?」

「ふふ! そうね、そうかも! 本営での会合が楽しみだわ」


 あとでね、と別れを告げた。カトレア背を見送ると、ソラはふう、と息を吐いた。


「やれやれ、久しぶりに頭を使った」

「妙な揺さぶりだったように思う」


 フィドルは正直な感想を述べた。


「こっちのボロというか、ほつれを引っ張り出すための言質を取りに来たか。やられたな……」

「え?」

「ここで交わした話をよく覚えておいてくれ。そのうえで――どんなことがあっても、私の方を信じて欲しい」


 いつもの平静さを保っているようだが、どこか、目に、縋るようなものが見えた。

 めったに見せない表情ゆえ、本人も気づかないだろう。

 めったに見せないがゆえ、ほんの僅かな違和感だった。

 僅かな違和感がわかる程度には一緒の時間を過ごした。過ごしてきた。


「ああ、わかった」


 いつものフィドルの、実直な返事だった。

 ソラの表情はいつになく安堵の表情だった。

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