第27話 アレフとエカテイナと――

 降りてきたエカテリナに、フィドルは不動の構えで畏まった。

 開口より速く、フィドルは横面をはたかれた。


「自分の実力以上のことをしようとするな」


 味方を巻き込もうとした、という非難の言葉をフィドルは飲み込み、続けて頭を下げた。


「アレフ、あなたに余計な手間をかけさせてしまったな」

「なあに、戦いの趨勢を分けるシーンだったと解釈したまでだ」

「魔神との戦いにおいて、指示を後回しにしたのは私のミスだ、許せ」


 エカテリナが部隊長の騎士に言う。


「と、とんでもこざいません、転生者様のおかげで命を拾いました……」


 言い終わることを待たず、エカテリナは飛び立った。

 敗走する魔族の後詰をするためだ。


「――さて、勇気ある者よ」


 アレフがフィドルに問う。


「魔神の首を落としたその剣、ただ者ではあるまい」


 黒手袋の手を差し出すので、そのまま武器を渡した。


「ほうこれは……いや違うな。業物ではあるが、凡作だ。と、なると、君自身の膂力にて魔神の首を断ったか」


 骸骨の顔で表情はわからないが、満足そうな笑みを感じた。

 必殺の神殺し・咎人の剣はソラに預けている。

 秘匿の術で自分の夢の工房にしまっているはずだ。


「先ほどは、貴方が助けてくれたのか」

「もともと魔神の大魔法に備えて控えていたのだ。秘儀秘宝アーティファクト二つを失ったのは、少々苦しいがね。だが、原石を見つけたと思えば安いものよ」


 剣を返すとともに、黒ドクロの象徴印をフィドルに握らせた。


「興味があるなら、デウス・リベリオン本陣に来なさい。一兵卒で終わるには惜しい」


 短く言葉を告げると、魔法陣が現れその姿を消した。

 転移方陣という、魔術師の瞬間移動の術だ。


「すごいじゃないか!」


 騎士が肩を叩いた。


「ありがとう。あんたの名前を聞いておいても?」

「ん? ああ……言ってなかったか」


 騎士が名前を告げた。

 何ができるかはわからないが、世話になった礼をしたいと思った。


     ◇


 墜ちた魔神の死体から、子猫がこそり、と頭を覗きだして、飛び出した。

 その小さな身を、長手袋の女の手がつまみ上げた。


「ギニャー!」


 その身をバタバタとあがく。


「ふむ、これが煉獄大公ハボリムの本体か」

「おにょれ! 力を取り戻した暁には、そなたのはらわたを――」

「匿ってやるよ。そう騒ぐな」


 魔女の帽子に、ソラは子猫を放り込んで、そのままかぶり直した。


「この場に急ぎ転送させろって……一つの助けをこんなことに使ってよいの?」


 少女の姿のフェネクスが首を傾げた。


「魔女に猫の使い魔はつきものだろ?」


 続いて、手を差し伸べた。


「……なに?」


 フェネクスは困惑の表情を浮かべた。


「私はミツキの保護者をしていた身だ。共に行動するのに不自然はあるまい」

「……はあ?」

「おいおい、君を勧誘しているのだが、返事は? ミツキに懐柔されたことは知られているところ。汚名を雪がねば魔界に帰りづらくないか?」

「あなた初めから……」

「‘今後とも’よろしくと言ったろう」


 真意を見抜こうとフェネクスはソラの瞳の奥を覗いた。


「はあ。読心術はニガテよ。そうね……わかった、あなたの悪いようにはしないわ」

「それは重畳。これから私は転生者の本陣にて会合に出るが。話を合わせてくれよ、大根役者でも構わん、ミツキ様がそうしろと言ったとでもごまかせ」

「わかった。簡易契約だけど、あなたの血の署名をくださいな」

「穢れた魔女の血だが、受け取ってくれ」


 ソラはナイフで指先をついて、血を滲ませた。フェネクスは、掌を合わせた。

 左手の甲に、フェネクスの象徴印が浮かぶ。

 穏やかに、翼を羽ばたかせ本来の火の鳥の姿を取った。


「魔神の私が言うのもなんだけど……あなた、とても恐ろしいわ」

「少しばかり狡さに長けているだけさ」

「――明き浄き直き、誠の心 以て、うまらにあななうを掟つ……」


 本来の美声、詩にて、フェネクスはソラに補佐を誓った。


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