第26話 炎②
長めの、口づけだった。
「……なんで」
ミツキの口の端から血が流れた。けぷ、けぷ、と嗚咽を含む。
続けて、鼻からも泡のように血が上がって来て、滴った。
「魔界で毒をもらってきて、口紅に混ぜて塗っておいた。まだ好きでいてくれてありがとう、ミツキ」
慈愛の笑顔のまま、ソラはミツキの首の後ろを、猫でもつかむように持った。
「僕に……攻撃も、出来ないはずなのに……」
滴った血が、ミツキの服を汚していく。
「君が勝手に毒を舐めただけだろ? あとな、普通友達とはキスなんてしないんだよ」
「敵意も、向けられない、は、ず……」
かく、と首をもたげた。ソラは和紙を取り出すと、口紅を拭った。
それを投げると次はタオルを取り出し、ミツキの鼻と口に当てた。
「犯されるくらいの覚悟では来たんだがな。私が君に敵意を見せることはできない。毒は魔族との闘いで万が一の時の自決用に仕込んだ。そういう理屈をつけてやったら、まあ、成功したというわけだ。なまっちょろい
「……」
ぽろ、とミツキは涙をこぼし、首が支える力を失った。
「ふむ死んだか。厄介な体の疼きもおさまったらしい。しゃべりにくかったしなにより水が飲めなくて喉が渇いて仕方ない。後――下着を代えなければいけないのは難儀だが」
「呪いが、解けましたの?」
傍らに、少女の姿になりたたずむフェネクスが尋ねた。
「ああ、フェネクス候。
「じ、ゆうに……」
業火がその背に宿り、火の鳥の姿になるのを、ソラは制するように頭に手を置いた。
「離して。これほどの恥辱、ここにいる人間どもを燃やし尽くしても雪げない」
炎以上に熱く憎悪を湛えた瞳がソラを睨む。
手は炎で焼かれているはずだが、ソラは表情を変えることなく、そして続けた。
「私は一つ、君を助けた。故に、私も一つ助けてくれ」
「……わかったわ。一回だけよ」
「ふむ。まずは、この少年は疲労のために休みが必要。私が安全な夢の工房に匿う。フェネクス候、貴女は彼の命令で私に従う。こういう筋書きで」
「承知。詠炎候フェネクス、少しの間だけ……ヨロシク」
「今後ともよろしく。フェネクス候」
ソラが火傷した手で羽に触れると、その手は綺麗に治った。
◇
森の木々を生かした戦場はフィドルに都合がよかった。
木の影から毒矢を構える黒妖精を、木陰から忍び寄り首を落とす。斥候の技能はそれなりに磨いている。高枝で油断している狙撃手に『
多勢がいれば、踊りこんで抜刀。
フィドルは、なん十匹目かの鬼の亜人を切り伏せた。
獣の血で刃の切れ味が落ちぬよう、『
「やるじゃないか、新人」
巨大な亜人を伏臥させたところで、馬を寄せ、騎士が小手を合わせてきた。
「あんたも、休みなしでよくやる」
「こっちは楽させてもらっているからな。こいつは、‘突撃銃エーケーフォーナー’っていってな、エカテリナ様から部隊長以上は貸借できるんだ」
槍に近い長さを持つその銃は、火球を連射できる魔道具というべきか、その銃口が火を吹くと、強靭な鱗を持つ竜族すらハチの巣にする威力を持つ。
遠く離れた空では、蛇に乗った炎の魔神とエカテリナが交戦していた。
迂闊に下にいたものは流れ弾や蛇のついでの尾撃で蹴散らされる。
援護しようとする有翼の魔族を、突撃銃で騎士が牽制する。
怒り狂って何体か向かってくるところを、フィドルが容易く一刀両断した。
「助かる!」
「ち、目立ちすぎた!」
魔神が身を翻し、こちらに蛇の鎌首が向いた。火炎放射を狙ってだろうが。
そんな隙をエカテリナが見逃すはずもなく、火球の雨を魔神にくれてやった
たまらず、魔神が地面に落ちた。
「落ちたぞ! かかれ! 首級を上げろ!」
「いけない、まずい!」
フィドルは気づいた。
エカテリナの武器に、今までにないエネルギーが集約されるのを。
「味方ごと焼き切るつもりか、バカ野郎!」
騎兵から馬を奪い、走らせた。どれだけ届くか、離れろ、離れろと叫びながら。
起き上がった魔神が松明を構える。その横を、フィドルは通り過ぎた。
「『
一撃に、ただ断ち切ることに集中して剣技を乗せた。
あまりにあっけなく、魔神の首が宙を舞った。
同時に、空から、エカテリナから放たれた青白い炎が落ちる。
兵士たち全員が空を仰ぎ、恐れおののいた。
「『
さあっ、と、夏の一涼の風のように、炎が霧散した。それでも、空中から威力の余波が熱風となって襲い、落馬し、フィドルは地面を這った。
そのフィドルの傍らに――転生者、
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