第25話 炎①
塹壕と、木の柵の組み合わせ。
魔族を迎え撃つにはあまりにもお粗末であったが、幸いにも回廊地帯の崖や茂みは自然の砦の役割を果たす。長い時間をかけて職人たちが石塁や粘土造防塁を築いてくれているが、曰く‘6時間かけて作ったもので5分足止めできたら御の字’だそうだ。
「これが人間の軍隊相手なら、難攻不落の前線基地なのだがな」
気付け薬を服用し、部隊長の騎士は苦々しい顔を見せた。
その周りには兵卒たちが集まり、装備の手入れをしている。
フィドルは大盾部隊のさらに後、重装歩兵の部隊の一部に入れられた。
ソラは魔術師の部隊。とはいえ、主に対抗呪文で敵魔法の防御中心になるらしい。
「よく聞いてくれ。こちらは左舷の防衛の、最先端だ。経験則だが、およそモンスターの危険度は6から8、巨大生物や、亜人タイプの魔族が君らの相手となるだろう。夜は不死族が出てくるから、攻撃魔法の使い手や神の祝福を受けたものの戦場となる。夕方くらいから入れ替えで動く、指示の鳴り物に気を付けてくれ」
試しに、合図のラッパが鳴らされる。
「呑気なもんだぜ、夕方まで生き延びられると?」
そんなヤジがどこからか飛ぶ。
「無理しなければなんとかなる。確約は出来んがね。セカンド・オレンジと違い、転生者も今回は加わっている。いいか、臆病であって構わない。とにかく生き延びるんだ、幻獣や竜族、まして魔神が来たら、即時後退! 死ぬぞ!」
そうこうしているうちに、禍々しいウォードラムの音が回廊地帯に鳴り響いた。
空気を震わせる、魔王軍の進軍の合図である。
「魔族の戦術は物量で押しつぶす、それだけだ。守り切れば勝てるんだ」
ウォードラムに続き、地鳴りが、咆哮が、地面を、空気を揺らす。
地平線を埋め尽くす影。あれが、すべて、魔族だ。
守り切る――あれを相手に?
「うっそだろお……」
初戦だろう誰かから、絶望を込めた呻きが発せられた。
整然と、影たちが停止した。
規則正しく飛び道具を備えた先手集勢が横に広がり、二重、三重と陣が引かれ、その中央に、幻獣や悪魔を引き連れた炎の姿があった。
巨大な蛇が鎌首をもたげ、そこに少年、猫、蛇の三頭を乗せた悪魔がまたがる。
手にした松明をふるうと、ゆっくり、波紋が広がるように赤い波が地面を滑る。
炎の波だ。それは、こちらの右舷を飲み込んだ。
「魔神がいるぞ!!」
誰かがそう叫んだ。
右舷は絶望的かと思われたが、その炎は、渦となって天を刺した。
空に、輝く炎の姿の鳥が現れていた。
『ひるむ必要はない、右舷には不死鳥を連れたミツキがいる!』
戦場に響く機械の声。
そして、フィドルの隊の頭上を、白銀の翼と戦仗を両手に持った転生者、エカテリナ・イオナカが敵陣目指し飛んで行った。
『先陣を突破する、騎兵隊、左右より挟撃せよ!』
『防衛隊、左舷に対火炎障壁! 投射部隊は指示を待て!』
部隊長のラッパの鳴り物が高揚を誘い、さらに味方の士気を高めた。
戦場において、確実な指示ほど頼もしいものはない。
『飛行する敵に、放て!』
魔力付与されたバリスタ隊の掃射に、先んじて飛来する有翼の魔族が蚊トンボのように落ちていく。圧倒的物量をものともせず、まんまと魔族の戦力を削っているようだった。さらにエカテリナが駿馬をはるかに超える高速で飛行し、空から無尽に火球・魔力弾を放ち、デカブツをハチの巣にする。
取り逃した小物、主に亜人の兵隊を騎兵隊が押しつぶす。
脱槍したものは即、本陣に帰還。そこである程度部隊が纏まれば再出陣する。
空からの掃射と、魔神フェネクスの炎が次々と相手の前線を崩していった。
『第二陣を破る! 防衛部隊、各3師団編成! 攻勢に加われ!』
「よし、君と、お前と」
騎士の部隊再編に、フィドルも挙手し、突撃部隊に加わった。
◇
「一度戻れ、フェニックス」
ミツキが告げれば、その声は届かなくとも、束縛のギフトが彼女を強制的に帰還させる。フェネクスは巨鳥のサイズを猛禽類のサイズに落とすとミツキの前に降り立った。魔神とはいえ、竜族の相手もしたその羽は幾分か傷ついていた。
『混戦になった、迂闊にあの炎の波も打てまいよ、ご苦労だったミツキ』
「はいはーい」
ミツキはエカテリナの通信に得意げに答えた。
「たいしたものだな」
そのミツキに背後から声をかけたのは、ソラだった。
「あれっ? なんか、いつのまにって感じだけど。魔女さん、いつ戻ってたの?」
ミツキが手をかざすと、フェネクスはその肩にとまった。
「久しいな、ミツキ」
はじめは怪訝な表情であったが、名前を呼ばれるとミツキは目を輝かせた。
「おかえり! おかえりなさい! 心配だった!!」
「なに、確認のためだ。かつて君に触れられ、ギフトによって隷属したこの身。間が空けば解除されているか、検証したくてね」
「ああー、それで、すぐにデウス・リベリオン本陣に来なかったんだね……」
頭の後ろで手を組むと、ミツキはにっこりと笑った。
警戒を指示したのか、フェネクスは離れ、旋回を始めた。
「で? どうだろう」
「伏せ」
ミツキが言うと、ソラは言われるがままにその場にしゃがんだ。
「……なるほど」
怒るわけでも屈辱を感じている様子もなく、感想のようにソラはつぶやいた。
「そんな簡単に解けはしませんよ、たとえば、このフェニックスも、死んで、再生して牙を剥こうとしたけど。時間が経ったくらい、死んだくらいじゃ、無理」
びくり、とフェネクスが羽を震わせた。
「‘わからせた’時のこと思い出したかな? 安心して、今日は大活躍だから、優しくするよ」
手を差し伸べると、フェネクスは再びミツキの肩にとまった。
「お前自身に解除することは?」
「できない。ああ、もしも……僕を殺そうってつもりで来たならやめておいた方がいいですよ。ギフトの効果で、女性からは一切、傷をつけられることはありませんから……」
「そんなつもりはないよ。試したことが気に障ったか? 済まなかった」
おいで、とソラは手を差し伸べた。
すると、ミツキは頷き、じわりと涙を浮かべた。
「ほんとは、こういうチカラが欲しかったわけじゃ、なかったのに」
ミツキはソラの手を取ると、母に甘えるように抱きついた。
その頭をソラが撫でた。
「わかっているさ。君は実に純真だった。君にギフトを与えたものの解釈が、歪みすぎていただけだ」
「友達になってくれる力、それだけを願ったのに! なのに僕は、それに引っ張られて歪んでしまったんだよ!」
「よしよし、辛かったな。泣くことはない」
背中に回した手で、ポンポン、と叩いてやる。
「魔女さんこそ! 僕が変なことをしたから、デウス・リベリオンから去って……」
「君が愚図るといけないから、そういうことにしておいてくれとお願いしただけだよ。魔王側について、スパイになっていたんだ」
「……立って」
ソラはミツキを離すと、命令に従う。ぐす、ぐす、とミツキは鼻をすすった。
「友達に戻って、魔女さん」
「わかった」
一歩進むと、ミツキを胸に抱いた。気を利かせたのかフェネクスが離れる。
ミツキが背伸びをすると、そのまま唇を重ねた。
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