第24話 入隊

「志願兵か?」


 城塞都市サード・イエロー、その外壁の外に臨時で作られたベルテント。

 受付を務める騎士がフィドルに問うた。


「村を滅ぼされた。今は傭兵をしている」


 フィドルは取得した冒険者登録票をトレイに置いた。

 同じく、ボロを纏って女魔術師風のソラもそれに倣う。


「給金は一日7500マニ、家族はいるか? 必要であれば受取先を指定できるが。何しろ、その日に死んでしまう可能性も普通の戦争よりずっと高い」

「デウス・リベリオンは9000マニをうたっていたかと思うが」


 ソラが口を挟む。


「直下ならな。君らの場合、間に我々‘城塞都市サード・イエロー正規軍’が入り、査収させてもらっている。これは死んだときの家族への保証や、帰還が困難になったときのサポート代に回される」

「体が欠損したときもか」

「うん、ヒーラーを手配するにも、マニは必要だな。俺達は死なないよう、しっかり防衛することだけ考えるようにしている。オフェンスは転生者でないと、一方的に虐殺されるだけだからな。剣を使うなら、バリスタ隊の守りとかがお勧めだ」

「いや、魔族に近いところで配属してくれ」


 つまり、転生者に近ければ近いほど、よい。


     ◇


 少しばかり時間を戻り、宿にて。


「転生者の傍で戦い、奴らの目に留まれ。そうすれば奴らの懐に入れる」


 ソラが提案した。


「うまくいくかな」

「図体は仕上がっているのに、相変わらずの心配性だな。今のお前を無視することなど、できないさ――」


 人のものから遠くなった上腕を、ソラは頼もしそうに小突いた。


     ◇

 

「わかった。……変わってるな、そのあたりは肉の盾、食いつめものや、借金のカタに売り飛ばされた連中が多く入るところだぞ?」

「熟練の冒険者ではないのか」

「そういう勇敢な奴らはもう、数えるくらいになったな。……まあ、俺も戦になればそのあたりに配属される。これでも騎士だからな」


 やや自嘲気味に、騎士章のついた鎧下の胸の部分を引っ張った。


「ほう、特権階級の鼻持ちならない者は自分の死ぬ順番は後回しにしそうだが」

「俺は三男坊だからな。こんな受付しているってところで、察してくれ」


 そこに、ニュースペーパーを持った少年が駆けて来て、騎士に渡す。


「平原に魔神とその軍勢が出現。接触は三日後……か」


 騎士はため息を吐くと、この世の終わりの様な嘆きの顔を見せた。


「あんたの傍で戦わせてくれ。あんたは、信用できる」

「んー……そうかい? まあ最悪死にそうになったら俺を突き飛ばしてでも生きるといいさ」


 そういうところが信用できる。

 フィドルは魚か虫のような、光を失った目を細め、不敵な笑いを浮かべた。


     ◇


 城塞から小さな影が遠くを眺める。


『観測衛星・キニチアハウが、晴をお知らせします』


 金髪ショートボブの少女の、頭部にセットされたハイテクセンサー装置が機械声で告げる。


 城塞都市イエロー・サード。王都の最終防衛線を前提に建てられたこの都市は、最大で15メートルの高さの城壁が、全長で10キロに及ぶ本丸を持つ。

 城塔は6階高さのキープが六棟、さらにその周辺に市塞としての塀と、見張り塔を含む10の塔が全方位を見渡す。幅のある大河が西に流れ、大型船舶が三隻、これは王都までつながっていて、物資の運搬にフル稼働している。

 外堀から、三層に分けての傾斜した多重環状型の石塁に、いくつかの師団に分かれて待機、生活できる程度の施設も整っている。


 魔族相手でなければ、難攻不落なのだが。


「ごきげんよう、恵梨香さん」

「エカテリナだよ、暗躍令嬢」


 エカテリナが振り返ると、声をかけた本人は扇子をたたみ、ペロリと舌を出す。

 転生者・暗躍令嬢カトレア・クローネ。

 今日も大きなリボンの色を昨日とは別のものに変えている。


「町に、‘十三番目の魔女’がいる。使い魔と一緒だ」

「まあまあ、本当に義勇軍に入るのね。アレイスタは心配ないっていっていたけど、あなたの覗き見の、キニチアハウはどう判断しているかしら」


 電子音と共に、小型の画面が宙に立体映像で現れる。

 そこには魔女とその使い魔の男が映っていた。


「魔界からまっすぐセカンドに入り、襲い来る魔族を相手に快刀乱麻。こちらにつく感じだな。わざわざ私に所見を求めなくても、あなたならもう全部見えているのでは?」

「そんなことなくってよ? 皆様がいうほど、わたくしの『攻略ノート』は万能ではございません」


 自嘲気味にころころと笑った。


「で?」

「ああもう、連れないわね。この後、ミツキ・ヤマナシがここに来るわ。触れられたらその、欲情するというか、虜にされますから忠言を」

「そんなことか。自動防御装置『イツアムナ』が触れさせなどしないさ」


 背中と小手の一部装甲が外れ、エカテリナの周りを旋回した。


「何しろ見た目はただの子どもですから、妙な情けで無防備に触れては、と思って」

「この身は機械の体だぞ」


 カシャン、と装甲が戻り、青白い炎を出して放熱した。


「転生者の恩恵ギフトを甘く見ないことです。あなたの魂の性別が女性でしたら、たぶん影響が出るかと。稲森恵梨香さん」

「エカテリナ・イオナカだ。……忠告、感謝しよう」

「ふふ、それでは失礼するわ、エカテリナ。そうそう、今日のバトルも、ご武運を」


 それだけの要件だったらしく、カトレアはそそくさとその場を立ち去った。


「……」


 まるで何もかもを知っているかのような物言い。

 が、彼女の言う通りに動けば、まあなぜか、何でもいい方向に進む。

 

 アレフは未来予知でもしているのでは、というが。

 では、あちら側の世界の本名を呼ばれるのは何なのか。

 説明がつかないのではないか。


「あ、エカテリナ先輩! こちらでしたか!」


 そして、彼女の予測通りにミツキ・ヤマナシが現れた。


「僕、二回目の戦場で緊張しちゃって……えへへ」

「そうか」


 どこから見ても、ただの小学生高学年。バカっぽい歯を剥いた笑顔をしていた。

 うわあ、と声を上げると突起で足をかけたらしく、転倒した。

 受け止めることもできる距離だったが、身を2歩ほど空けてかわした。


「いたた……」

「……戦場では痛いじゃ済まんぞ。気をつけろよ」

「はい、えへへ」


 相変わらず、邪心のない子どもの顔をしていた。

 エカテリナの、各部センサーも敵意を感知しない。ただ――


改変フラグ完了ファルス


 観測器に、カトレアのそんな声が聞こえた。


(まったく……底が知れないな)


 エカテリナの背のエンジンに火が灯り、光の尾を残して飛び立った。

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