第21話 謁見②
「さて。フィドルといったか」
改めて、魔王が問うた。
その傍らに、バルバトスが現れ、ばつ悪そうに帽子を直した。
オセは面を上げると、剣を抜いたまま、膝をついた姿勢でフィドルと魔女を鋭い眼光で睨みつけている。
「頭を撃ち抜かれて死ななかったのはそちらの魔女の仕業か?」
「ソラだ。お目通りを感謝する、魔王ホウマ」
魔女の帽子を取り、頭を下げた。
「フィドルは私の使い魔だ。私が死なない限りは再生がかかるように仕込んである。そして、あなたの攻撃をフィドルが止められたのは私を守るように最優先の命令を与えているためだ。たとえ半死であろうと、その身を盾にするだろう」
「よきに。命を拾ったこと、褒めて遣わす。オセ、バルバトス、シトリー。貴公らもまた生き延びたこと、修練に暇のないことの証明である。誇りに思うがよい」
「我が銃弾を不死にて凌がれたことはその性質を見抜けなかった故、汗顔の至り。精進いたしましょう」
バルバトスが帽子を脱ぎ、頭を下げた。
「にゃははー。褒められたにぇ」
暗がりから猫なで声が答えた。
「いいから魔力をこちらにおよこし下さいまし! 納期遅れでオシオキはごめんですわー!」
「要件を済ませたい。勇者を売りに来た。フィドル、剣を」
高く、咎人の剣を掲げた。
「それが転生者――神の御子の練り上げた神殺しの剣か。なるほど」
御簾の向こう、表情は見えなかったが魔王の声は享楽を含んでいた。
「剣と勇者を預ける。こいつを、
「ソラとやら。少し控えよ。彼と話したい。勇者。いや。フィドルか。まずは名乗れ。己の口でな」
しん、と広間が静まり返った。
「俺はフィドル。勇者……は、違うと思う。俺は、ただの村人だ」
ソラから、静止はない。
(続けて、いいんだな)
「あなたが、魔王か?」
そう真っすぐに問うた。
「にゃはははは!」
静寂を壊す甲高い笑い声。
バルバトス、オセも笑う。広間を囲う周りからも嘲笑。
なぜ笑われているのかわからず、フィドルは戸惑った。
「いかにも。俺が魔王だ。聞こう、俺を殺しに来たか? あるいは殺されに来たか?」
「こいつには何も聞かせていない」
「ソラよ、お前には聞いておらぬ。少し待て」
言われて、ソラはわずかに眉を動かした。
「オセ殿。その魔女は魔族どもにくれてやってはいかがでショ? ハエや蚊と同じく、増えることに関して、人間は優れております」
「ふん」
ソラを掴まんと伸ばしたオセの手を、フィドルは剣で牽制した。
同じく、バルバトスの銃弾がソラに狙いを定めていた。
これを、弾き落とした。
おお、と歓声と感嘆に似た咆哮が辺りから起きた。
「魔神がた、こと私を守ることに関しては、フィドルは超一流の戦士だ。甘く見れば、腕の一本は飛ばして見せてくれるだろう」
その後、口を挟んだことを魔王について低頭し、謝辞を示した。
「外法の魔女ごときが無花果の葉程度の恥があるならあまり強くでしゃばるな」
爪を欠けさせたことに、些かの怒気を込めてオセが応じた。
「なかなかの見世物であったぞ。さてフィドル。俺はホウマ・ジブリール。名は母からいただいた人の身の名よ。異界より来訪した我が身にはより通りの良い魔王の名があるのだが、こちらの方が気に入っている」
名を名乗らせ、名を名乗った。
彼、魔王ホウマが自分にまで目線を下げてくれている。
そう感じたフィドルは、片膝をついた。
ただの村人である自分に言葉を拝する作法はわからないが、そうしなければと思った。
「俺は、転生者を殺す力が欲しい」
「それは俺もまた転生者と知った上での願いか?」
「もちろんだ。お前たち魔王軍は……憎い。ここに来るまで、人が人の扱いをされていないことを見てきた。膝をついたのは、あんたがこの城の主で、俺があんたにお願いする立場だからだ」
「憎しみ故に力を求めるか。また、手段も問わぬというか」
「この世界に彼らも、あんたも、存在しちゃいけないんだ。俺は愚鈍な人間だ、大儀なんて難しいことはわからない。俺はこの世界に生きるものとして、お前たち転生者を滅ぼして見せる!」
しん、と広間に静寂。魔物たちの嘲笑をも抑え込む強い意志のこもった声だった。
「そこの魔女よ。ソラよ。いかに。発言を赦す」
「転生者を皆殺しにして、この世界を去る。それが私の目的だ。そいつほど大義はない。私のそれはきわめて利己的なものさ」
いつもなら首を傾げるなり思惑なり悪態をつくソラだが、今回はしれっと答える。
「二人して、実に魔界らしい考え方ではないか。オセよ、その少年を鍛えてやれ。勅である」
「は……」
特に不満を見せるわけでもなく、オセは頭を下げ、了承した。
「バルバトス。貴公もだ。剣だけでは転生者に抗えまい。魔女ソラに我が軍の書庫を解放してやれ」
「ははあ……ンンー……ですが、私ども、魔王様に忠義を誓う犬にございますれば。魔王様に仇なすこやつらを見逃すに、あまりといえばあまり、かと」
髭をいじりながら、道化のように主に意義を問う。
「目ざわりなら殺せ。赦す。その程度で終わるものならば俺の前に立つこともあるまい」
「さすが魔王様、器の広さに感服いたします。そうこなくてはいけませンな。委細承知」
「マルファス、この者たちに部屋を与えよ」
「よろしくてよー……カアー……カラス遣いが荒くあらせられますわー……」
「にゃっははは、そんだけ信頼を置かれているってことだにぇ」
「よろしくてよ……トホホですわー」
暗がりが深まっていく。謁見が終わった。
(許された、のか? うまくいったのか?)
自分以外の全てが暗闇に消え、自問自答を繰り返した。
「思いの外――」
ソラの呟きだった。
「え?」
「いやなに、思いの外、お前は勇者の適性があるのかもしれないな」
「買い被りのもほどがある。所詮はまがい物……この剣も、衣装も、借り物なんだ」
「勇気ある一歩を踏み出せるもの。それが勇者と呼ばれ、魔王をいわしめて宿敵と呼ばれるものだ。胸を張れ。さっきの宣戦布告はなかなかだった」
暗がりで表情は見えない。けど。
「――ありがとな」
ようやく、一歩めを踏み出せそうだった。
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