第20話 謁見①
回廊をすすみ、長く長く続く階段を上る。
周りは生物の腹の中か、あるいは巨大な植物のうろの中を想起させた。
あまりに広い空間に階段が浮かぶような形だ。
警戒するように、翼竜が二頭、旋回している。
相変わらず、どこからかの視線が消えることはない。
「しんどかったら、歩かなくてもいいわよ? そのうち玉座につくから」
孔雀のセンスで口元を隠し、シトリーが振り返る。
金糸が明かりで煌めき、美しい。
「そうさせてもらおう」
足を止めても、上に向かっていく感覚があった。
やがて、終着に至る。大広間に出た。
玉座を見上げる。
そこには御簾がかかり、神殿のような装飾が施された空間だった。
「あれが魔王……!」
足を組み、片肘を付く姿。
その左に、屈強な二メートルを超える黒鎧の戦士が腕を組む。鋸の化物の様な剣が傍らにある。その顔は豹のもので、血染めのマントを纏い、額冠を被っていた。
右に、こちらは髭を整えた狩人……いや、狩猟を嗜む貴族の姿。長身銃を杖のようにして、体を預けている。こちらに冷笑を向けていた。
シトリーが仰々しく両手を広げた。
「確確に 猛うを 渡御の 道の長手も 慈む授く。
天の八岐 安く平穏に行き渡り給い。
故れ是を以て 授け賜い 負せ賜う。
高き広き厚き大前に」
祝詞が唱え終わると、広間に魔族らの咆哮が上がる。
引き締めた腹に響く、撥で叩かれているような感覚だった。
「あれが魔王。魔王が、人間に転生した姿だ」
無言で魔王は二人を見下ろす。謁見の間の採光が暗がりに転じて、無数の赤、青、原色の眼光が現れ、咆哮が収まっていった。
「くしゃっ」
トマトがつぶれるような音がした。
違う、フィドルの口から発せられた音だった。
フィドルの目の前が真っ赤に染まり、喪失感が体の芯から上がってきた。
続いて、霧が晴れるように視界が戻る。
血の匂い。血だまりの床に、フィドルは倒れていた。
頭の半分が、銃弾で潰れていた。
(ええ……?)
何が起こったのか、わからなかった。
「はて? 死にませンね?」
響く声。
それは狩りの貴族から発せられた。
顎髭を触り、紫煙立つ自分の長身銃を確かめる。
それで、フィドルは自分がたった今、殺されたことを知った。
しかし砕かれた頭は元に戻っていた。
「術士の方を先に仕留めればよいのか?」
豹頭の戦士の姿が消えた。
魔女の背後から、首に大剣があてがわれる。
その刃は、断頭台の刃の分厚さだった。
「それには及ばない」
若い、本当に、普通の青年の声だった。魔王が右手を上げている。
「オセ様、バルバトス様。どうか収めくださいまし。わたくしがご案内した客人ですわよ?」
シトリーは腕を組み、眉を寄せ、扇子をぱたぱたと扇いだ。
「失せろ雌猫。ヒトごときの気配に玉座の間を澱ませるなど我慢ならん」
豹頭の戦士が唸った。
「まあひどい」
「僕もオセ殿と同意見ですなあ」
いつの間にか、フィドルの片割れに顎髭の貴族が立つ。
銃をフィドルのこめかみに当てた。
今度は竦まなかった。既にフィドルの手は柄にあった。
「この距離なら銃に優位性はないぜ」
「これは愉快。引き金を引く指より、刃圏ならば抜刀が早いと?」
「もーう……あっ」
シトリーは幻獣の姿に変わり、瞬間移動でその場から宙に消えた。
オセは剣を縦にして防御の構えに、バルバトスは影の中に沈んだ。
フィドルの身が飛び跳ね刹那の反転を見せた。
そして、魔女と魔王の間に入り、剣を構える。
背中まで衝撃が走り、フィドルは膝をついた。
周りの床が削り取られ、おそらくは背後に潜んでいたであろう魔族たちから、苦痛を訴える悲鳴が上がった。
「今のが、魔王の攻撃か……!」
手にしびれを感じながらフィドルは毒づいた。
魔王が、手を上から下に、軽く振ったことで放たれた、衝撃波のためだ。
「及ばない、と俺は言ったはず。オセ、バルバトス。控えよ」
「御意に」
オセとバルバトス、豹頭の戦士と顎髭の狩人は二人して、片膝をついて魔王に平伏した。
「あっぶにゃー、おっかないにゃー……」
ぱたぱた、とシトリーがその周りを旋回する。
「シトリー、マルファスを呼べ。次に城を直すときは俺の爪で傷つかない程度の強度を持たせるようにさせろ」
「はいにゃー、なかなか厳しいご注文と思いますがにぇ。おーい、マルファス~」
かあ、かあと。
夕焼けが似合いそうな鳴き声と共に、宝石だらけの紫のドレスを纏ったカラスが暗がりから飛んできた。
「あんまりですわー……わたくしのゲイジュツ性を殺さなくては強度をあげられなくてよー……魔王様、よろしくて?」
「だめだ。無骨な仕上がりは許さん」
「カアー……そうね、そうですわね。わたくし努力いたしますわ……我が、権能にかけてー」
「にゃはは、ミャーも手伝ってやるとするかにゃ。オセ様、バルバトス様、あとよろしくにぇ」
嘲笑と鳴き声を響かせ、一頭と一羽が、闇に消えていった。
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