第19話 魔王城
魔王の城までの道中に妨害はなかった。
ここでの命は軽い。しかしそれが慎重にならない理由とは正反対だ。
彼らは自分より弱いものを見定め、強い者にはじっと聞き耳を立てている。
城門前には門番が立つ。単眼の巨人と、牛の頭をした巨人だ。
一般の冒険者が出会ったとしたら、撤退が第一の作戦となるだろう。
町の近隣で目撃されたとあらば、王国騎士団に支援要請をかけなければならない。
10段階の危険度で言えば、8あたりの危険とされる。
「魔王、ホウマ・ジブリールに謁見を求めたい」
真正面から、なんの飾り気もなくソラは門番たちに宣言した。
「どうする? 女だ」
ただの獣の唸り声だが、はっきりと、意志としてフィドルの耳に届いた。
咄嗟に剣に手が伸びるが、「どんと構えていろ」とソラが窘めた。
「犯して四肢を切り取って持っていけばよいのでは?」
錆びた鉄塊、戦斧と鉄槌がゆっくり、二人の頭上に影を落とす。
「よし、フィドル、咎人の剣を抜け」
「承知」
背中から抜いたそれは、刀身が黒く光り、腕に重みがかかる。あまりに重い。
しかし不思議と振るえない気がしない。
巨人二頭を一瞬で両断するイメージがわいた。
「君たち番人の首を魔王様の手土産にさせないでくれ。神殺しの剣を持つ勇者と、転生者『招かれざる十三番目の魔女』が来たと、取り次いでほしい」
単眼と牛頭が顔を向き合わせる。
「転生者に、勇者、だってよ。勇者ねえ?」
「首を斬られるのはおっかねえ。通しちまおう」
ごとり、と重々しい音がして鉄塊の武器が城壁に立てかけられた。
「どーぞ、どぉーぞ。謁見の間まではまっすぐだぜ」
あまりに軽い巨人の言葉に反して、門は低い音を立てて口を開いた。
回廊の影、あらゆるところから視線を感じる。
魔王の居城はもっと禍々しいものと思っていたが、この都市においては最も人間社会に近いと思われた。華美な装飾は整い、美しい絵が壁面を飾っていた。
天井の高さは巨人に合わせたものか、明かりが届いていない。
青銅の像かと思っていたものが目を動かす。
幻獣の像が威嚇するように唸りを上げる。
「きょろきょろするな。私の帽子だけ目印に見て歩け」
徐々に、見えていたものが薄れていき、そのうちに、何もない真っ暗な空間になった。目前をソラだけが見える。
獣の唸り声に、思わず上を見た。逆さの回廊を、逆さに獣が歩いていた。
「うわ!」
そう思った瞬間、自分の頭が上に向かって、落ちた。
あちらの回廊を道と認識したとき、自分が逆さに歩いていると知った。
手をばたつかせると、魔女がその手を取り、お姫様抱っこされる形で回廊に着地した。
「足元を見失うとこうなる。油断するな」
「すまない」
何ともカタもなく、おろしてもらった。
「にゃっははは、どんくさいにゃあ!」
甘い香りと共に、有翼の獣が目前に降り立った。
「ふむー……ひくひく。おいしそうな匂いがするにゃー」
豹の頭に、金色の獅子の体。そこに鷲の翼が、羽毛を揺らす。
「誰も案内してあげないなんて、みんな冷たいにゃあ? ニンゲンさん、ようこそ魔王城へ」
獣の顔で美しい女性の声。フィドルは思わずぐう、と呻いた。
「魔神とお見受けするわ。私は転生者、ソラ」
ソラが帽子を取り、頭を下げた。
「招かれざる十三番目の魔女だにぇ? ふーん、キミ、名前あったんだにゃあ」
「こちらは転生者・神の御子を滅ぼし、咎人の剣を奪った者。フィドル」
「勇者というには貫目不足にゃ」
くすくすと豹の顔が目を細め笑う。
「キミ、美味しそうだにぇ? 女を知らない血の匂いがするにゃ。それに類まれな純真な魂をおもちですにゃあ……そこに、残酷を目にして、汚辱され、澱んで……いい感じにスパイスきいた魂だにぇ……じゅるり」
(無視してかまわん。下手に相手をするな、虜にされるぞ)
「にゃっはは、そっかー、この身が怖くて緊張しているのかにゃあ?」
羽を一度ベールのように閉じると、豪奢なドレスで着飾った美しい女性がそこに立つ。黄金色の、一分の乱れもない長い髪。金をそのまま糸にして清流に放ったなら、こうなるのだろうか。深い翠玉の目が真っすぐにフィドルを見つめる。魂を眼か、呼吸を通して抜かれてしまいそうだ。
「魔神、愛慾の豹頭君・シトリーと申します。これでもモナーク(君主)だからね、客人とはいえ畏まり奉りなさいね?」
「案内はありがたい。ついでに血の気の多い連中に睨みきかせていただけたらもっといい」
平然とする魔女に、心のさざ波は一切立っていない。フィドルは感嘆した。
「ええ、いいわよ。魔王様がお許しになる限りはね?」
シトリーは優雅に裾を翻した。
すると、君主を迎えるようにシャンデリアが暗闇に浮かび、その灯りが道を照らす。さらに、オーケストラが奏でる荘厳な演奏が回廊に響いた。
「うわ……」
(鎮まってくれ、この心音。これからだ、ここからだ!)
「お前は勇者だ。胸を張れ。人間がここまで到達したことはない。誇りに思え」
不安を察し、ソラが手を握ってくれた。
「健気なこと……ソラ、わたくし、あなたのことも相当好きかも」
「――」
ソラの表情こそ変わらなかったが、思わず、フィドルは手を強めに握った。
貫目不足――確かにその通りだ。
そんな自分だが、守って見せる。
心配するな、と。
そう、腹をくくった。
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