第18話 使い魔の儀式
「使い魔の、儀式」
「私と一部の意識を共有するんだ。そうすれば、ここの魔物どもの声も、お前はわかるようになるし、さっきの念話ミスの様なポカをやらかしそうになったら緊急で私が止められる」
「ミス?」
「迂闊に転生者に恨みを持つものだといってみろ、すぐにベルを仕留めたのが我々であることを突き止められ、計画は水泡に帰す」
「確かに……でも、難儀というのは?」
「疑うことを知らないというのも考えものだな……お前の考えていることが、私に筒抜けになるんだぞ」
「それってなんか、困るのか?」
「……いや、もういい」
額に手を当てるソラ。
「抵抗がないなら話が早い、かまわないか? 私の使い魔になってくれるか?」
「そうすることが成功につながるなら、やってくれ。悔しいけど俺は何も持たないただの村人なんだ。今日見た、死体や、死体と変わらない者。あれは、俺にもあった未来だ。悔しい、けど……無力であることよりは、ソラがついてくれている今の俺は、恵まれていると思う」
「そうか。……そうか、そういうものか」
特に喜ぶというわけでも、安堵というわけでもなく。ソラは素っ気無かった。
依存や、妄信。そういう風にとらえられたかもしれない。
それでも。
どんなことをしても、目的を果たしたい。
そんな気持ちがフィドルにとって優先だった。
「じゃあ、フィドル。服を脱いでうつ伏せになれ」
「おう」
上を脱ぎ、指示に従った。
「……せめてベッドにいけ」
「お、おう」
ふかふかのベッドにうつ伏せになった。言い表せない緊張を覚えていた。
腰の上に、柔らかい感触。上に、ソラに乗っかられたのだ。
「え、ちょっと……ソラ、その格好でするのか?」
横腹に、上質の絹の様な肌触りの太ももの感触がある。
「案ずるな。下着はつけている」
「そういう問題じゃなくて」
顔が真っ赤になり、男性として体が反応していた。
「お前の神経、魔力を司る魂魄にも触れる。かなり痛いから覚悟しろ。この格好はその、せめてもの役得と思ってくれ」
「う、わ」
背中に柔らかい手が触れた。爪で肩甲骨辺りをなぞられた。
「眠らせてというのは、味気ないからな」
「いや、そうできるなら! そうしてくれよ!」
暴れるほどに肌の触れ合ったところに感触が伝わってきて、申し訳なくなった。
「そう照れるな。ふむ、なるほど。『童貞喰い』の性癖とやらはこんな感じか。悪くないな」
長い髪が垂れて背に触れ、くすぐったい。
その後、身をよじる痛みが襲ったが、快楽の方にフィドルは集中していた。
「終わった」
ひょい、とソラが横に降りて、フィドルの脈を取ったり、顔色を窺った。
「あ、あ、ああ……」
息も絶え絶えでみっともなかったが、味わったことのない経験にフィドルは恍惚と、とけた。ソラは鏡を取り出すと、
「こんな感じだ」
と背中を映した。
肉食獣の二対の目と、それを彩るように魔法文字の紋様が描かれていた。
トロンとした目で、フィドルはそれを見つめていた。
「ふむ――少々焦らしがすぎたか? 溜まっているなら世話をしてやってもいいが」
「いらない! じ、自分でするから!」
言ったあとにフィドルは赤面した。我ながらとんでもないことを口にしたものだ。
「パンツの替えを用意しておいてやるよ」
ふらふらとバスルームに向かうフィドルの後ろから、ケラケラとソラが笑った。
◇
魔界と呼ばれようが、太陽は等しく目覚めたものを祝福する。
ベッドのシーツの中で朝を迎えた。
フィドルは、緊急に身を起こした。
狂獣の鳴き声が、ここが魔界であることを思い出させる。
ばく、ばくと心音が騒がしい。
「おはよう、フィドル」
既に着替えていつものドレスローブ姿のソラが朝食プレートを並べていた。
「……俺、床で寝るっていったよな?」
「疲れが取れないからベッドで寝ろ、といったろう」
とけたバターをパンに伸ばしてソラが答えた。
「じゃあソラはどこで寝た」
「隣だよ。ひどい奴だな、私に地べたで寝ろと?」
「……え、ちょっと。待って……」
思い出すように、フィドルは目を手で覆った。
「さすがに手を出されなかったのは少々自尊心が傷ついたぞ?」
「ええ!?」
「冗談だよ。眠りの魔法ですぐに睡眠導入してやった。背向かい同士だ。どのみち隊商と共に移動中は野宿だったろ。さして変わらん」
「いや、変わるよ……」
心なしか、移り香で自分からいい匂いがしているように思う。
「早く準備しろ。アレイスタにはもう事情は話しておいた。魔王を倒すために魔王の勢力の偵察に獅子身中の虫になるとな。さあ、魔王城に上るぞ」
「わかった」
フィドルはばつ悪く、寝ぐせのついた髪を直した。
(我ながらなんとも、だらしないというか……男としてはどうなんだろうな)
「別にいつでも手を出してくれてかまわんぞ?」
「こ、心を読むな! ……え、もしかして」
(本当に、心が……)
「ああ、使い魔と主、お前の心の声は丸聞こえだ。私の声も聞こえているだろ? でなければ誰がアバズレみたいな台詞を吐くかよ」
「……その」
「行くぞ、相棒。ここまで来て怖気をふるってくれるな。こいつが着替えだ。王城の魔王に拝謁するのだからな。はったりを利かせたいところだ」
何着か、服を用意してくれていた。
そうとも。何を浮かれていることやら。
フィドルは喝を入れるべく、両手で頬を叩いた。
「青と白の、これがいいかな」
「いかにもクソガキが好みそうなステレオタイプの勇者スタイルだな。黒だけは避けろ、魔王の色だ。モノクロはセンスゼロ、自分に自信のない者が強く見せようとイキがってるだけだ」
「デウス・リベリオンの黒騎士リーダー様を全否定だな……」
口の悪さに輪がかかったように思える。
むしろ、ここまで多少抑えていたという事実に驚く。
「あと、赤もNG。これは王を想起させるからな。青は聖職者、白は自意識過剰」
最終的に、深緑に近い黒に、金糸を用いたベストに、それに合わせたトラウザース。
「うむ、やはり貴族の服、スーツは洒落者の結晶だな。子爵程度には見えるぞ。馬子にも衣裳、付け焼刃は否めんが」
「どうせ、庶民顔だよ……そういう魔女の露出過多はどうなんだよ?」
「わかってないな、性の魅力はそのまま魔力の強さだからな。好きで胸や尻を放り出しているわけじゃない。まあ、童貞坊やの視線を味わうのも一興だよ」
「だから! 心を読むな!」
実にやりにくい。思わず、目線を逸らした
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