第17話 異世界レストラン
チリリン、チリンチリーン
青銅のベルが小気味良い音で来店者を迎えた。
「いらっしゃい、まーせー!」
元気な女の子の声がかけられる。
ふわりとした金髪に、ホワイトブリムがのっかっている。エプロンドレスを纏った彼女は「空いてる席にどうぞ―」と着席を促した。
「転生者……アレイスタ様」
フィドルは思わず名前を口にした。
「やあ、アレイスタ」
屈託のない笑顔でソラは挨拶をした。
「あ、魔女様いらっしゃいませ! そちらは……」
ソラは唇の前にナイショ、の人差し指を立てる。
「新しい使い魔だよ」
「ええ!?」
フィドルは思わず声を上げた。ソラは流し目でそれを窘めた。
(あわせろ、ってことか)
従順に、魔女の座る席を引き、掛けるのを確認の上、自分も席に着いた。
「ワールドバーガーを2つ。オニポテと、ナゲット。あと、コーラ」
「ハンバーガー好きだねー。ご注文ありがとござっまっす!」
「明日魔王城に行くつもりだ。宿も頼む」
「了解だねー」
カウンターにいくと、なにやら鉄の什器をいじくり始めた。
肉の焼ける匂いと香辛料の匂いがしたかと思ったら、出来たものをバスケットとトレイに乗せて席まで持ってきてくれた。
フィドルは呆気にとられた。今のは料理をしていたのか、1分も経っていない。
『ここからは念話で話す。聞こえるか、フィドル』
「あ、おう」
『相槌はいらん』
わかった、と頷く。
(なんだよ使い魔って)
『お前が
「わ、うわあ!」
『騒ぐなよ』
(心を読んでるのか……)
『自然とお前も念話をしているんだよ。ピンとこない感覚かもしれないが。迂闊に口から声が出ないよう、飯を食ってろ』
(わかったよ……)
さく、と出された丸いパンを口に運んだ。
「うわ!? うっま……」
言った傍から口をついた。信じられないほど柔らかなパンをかじると、サンドされた肉から、トマトから、辛み旨味、ジューシ-さが沁みて出て、香辛料が鼻を抜けていった。その無邪気な様に、ソラはため息を吐く。
「……もういい。部屋で話すとしよう。食べるのに集中しろ」
大口を開けて、ソラもかぶりついた。
「どーかなー? 使い魔くんも、おいしい?」
感想を求めてアレイスタが席までやって来た。
「すごく! モグ……おいしいです!」
「魔女様の、向こうの世界での好物なんだって! パパとママとの思い出の味なんだよ!」
「感謝してるよ、アレイスタ。異世界でこれを食べられるなんて」
「どういたしまして! おかわりがほしかったら言ってね!」
「あの……」
厚かましいとは思ったが、フィドルは挙手した。
「おかわりだねっ? ね……あとでお話ししたいな、魔女様」
アレイスタは顔を近づけて、ソラに耳打ちした。
「ああ。報告もかねて。たくさん話そう。まずはこいつを休ませたい。明日でいいかな」
(うまい、うまい、うまい……!)
終始笑顔でいられた。こんなにも幸せで楽しい食事は初めてだった。
用意してくれた部屋は王都の宿に似ていた。
ソラはさっそく風呂に向かい、お腹いっぱいのフィドルは床で横になっていた。
鼻にこびりついていた腐った匂い、血の匂い。
それらを全てあの食事はぬぐい取ってくれた。
心も満たされ、幸福感に包まれる。お酒も進められたが、あの甘い、果実の味では表現しがたいドリンクで十分だった。
「……あんなに、素晴らしい食事を作れる、アレイスタ様も……転生者、なんだよな」
思いを馳せて目を閉じたところで、ソラがバスルームから出てきた。
「やれやれ……先に使い魔の儀式をしてから奴に会わせるべきだったな。危なかった」
持ち帰りしたフルーツドリンクに手をやると、ソラは口に運んだ。
「へえ?」
ソラの言っていることの意味が解らず、間抜けな声が漏れ出た。
「アレイスタに与えられた『異世界レストラン』の
「そうだったのか……」
「奴に与えられた『幸福』に抗えるものはいない。あの食事を味わうためにどんなものでも差し出すようになる。万が一、懐疑を持たれたら終わりだ」
「悪い人には見えなかったけど、彼女も殺さなくてはいけないのか?」
しばらく、ソラはフィドルの目を見つめていた。
やがて、結論付けたのか、ふむ、と鼻から息を吐いた。
「……私もまんまと胃袋を掴まれているからな。できることなら手を下したくない」
慎重に言葉を選んだようだった。
「でも、それだと、ソラは元の世界に戻れないじゃないか……」
「その時に考えるさ。今は歪んでいるところを剪伐するのが優先だ。そのうえでだ。お前に少々難儀な頼みがある。さっきの、使い魔の儀式というやつだ」
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