第14話 夕暮れに紛れて
「……よし!」
神殺しの必殺剣『咎人の剣』は背に、左に長剣と、予備の脇差。鎧下を着込み、動くのに邪魔にならない胸当、足を守るレザーブーツ。
野営の装備諸々は、魔女の夢の工房とやらに全部納められた。何もない空間に荷物が消えていく様はなかなか面白かった。
「すごいなそれ、泥棒にも使えそうじゃないか?」
これくらいの冗談を言える程度には打ち解けられていた。
「‘我が所有物であることを由とする『
「あらゆる魔法を取り仕切っているってわけか」
改めて、挑もうとする相手の大きさに身震いがした。
「ベルの無詠唱が残っていれば楽だったのだがな。一個一個、実にめんどくさい」
並べられていく荷物に象徴印が付いていく。
「魔界に向かうのは、協力を求めることはもちろんだが。私の魔法と、お前の剣技の底上げもしたいところだ」
「……」
「不安か?」
「そりゃあ……人の国の、敵に回ることに抵抗がない方が、おかしいだろ」
胸に手を当てると、動悸がした。
「正しい道を選べる力をつけるんだ、フィドル。先に言っておく、魔王もまた、
「なんだって」
そんな話は聞いたことが無かった。この世界の誰も周知していないことだ。
「とうに、この世界の未来も現在も。お前達、現地人の手から乖離しているってことさ。転生者イコール救世の戦士というわけじゃあない」
「じゃあ、つまり、この戦い続きの世の中も、何か大きな力の、作為的なものということか?」
「なかなか冴えてるな。そう見えてくる。現地人としてどうだ? 腹が立たないか? 未来は、この世界に初めから住むお前が決めるべきじゃないか。そうは思わないか?」
思わず、息を飲んだ。
恐ろしくも身体の性根にまで刺さってくるような言葉だった。
「……俺に出来るのか?」
「私が、させてやる」
まるで悪魔との契約のよう。このそら寒さはぬぐえそうにない。
時折、心の深いところまで覗いてくるようなソラの目が怖かった。
「俺は……」
ソラの手を取った。長手袋ごしだったがソラも小さく握り返してくれた。
「あ、ごめん」
「ん? なぜあやまる」
気のせいかもしれないが、手を握った瞬間、顔が引きつり、曇ったように思えたからだ。思わず謝罪が口をついて出た。
夕方、行商に紛れて町を出た。ベルが行方不明――だが、特にニュースペーパーに載るわけでもなく、騒ぎになっていることはなかった。
「ふむふむ、出身はシクス・インディゴ地方の……3番目の村か。あ……」
入出国手続きの管理官が眉をひそめた。
「先日、魔神の襲来を受けて滅ぼされたエリアか」
「そ…!」
「ああ、私も同じ村の出身です」
そうなんですか、といいそうになったところをソラに遮られた。
ソラは魔女のドレスローブではなく、一般的な商家の娘の服を着ている。
あのなりは悪目立ちするから。
「行先は……城塞都市サード・イエロー、太陽の丘の町セカンド・オレンジを経て、ファースト・レッド!? そこは半分以上が魔王軍に制圧されているぞ、滅びるのも時間の問題といわれている」
王都、フォース・ヴィリディスザードを4とし、数えて数字が小さくなるほど魔王軍の支配領域に近づいていく。
「魔王軍に恨みがあるのか? なら、デウス・リベリオンに入隊したらどうだ?」
「あいにくと私どもに戦う力はありません。セカンド・オレンジとファースト・レッドの境界当たりの村に家族がおります、そこに身を寄せようかと」
「そいつは気の毒に……だがな、一度内側に行っては、難民を差し止めるているから、王都に戻ってくるのは難しいぞ。いいのか?」
「王都に住まう家もございませんので」
「……」
管理官が周りを気にしながら魔女に耳打ちする。
「うちで、雇ってやってもいいぜ」
明らかに、目に好色が宿っていた。
「あいにくと」
ソラが困ったような表情を作る。
「……チッ、こちとら出国許可を出さないってこともできるんだぞ」
「お納めください」
金貨を1枚、ソラは差し出した。管理官が口笛を吹く。
「まだあるんだろ、出しなよ」
目を伏せる所作をソラがすると、金貨を取り出した革袋ごと取り上げられた。
代わりに、二人分の許可証をフィドルに押し付けてきた。
「ごっそさん」
最後に管理官がお尻を撫でようとしたが、ひょい、とソラは躱した。
ばつ悪そうに次の順番の者の審査に入る。
「なんてヤツだ」
「お前に本財布を渡しておいてよかったよ。強要しないだけまだマシな管理官だろうな。悪質ならお前はデウス・リベリオンの肉の壁部隊に放り込まれ、私は色街でストリップショーでもさせられていたかもしれん」
みると、他の出国者も、大規模な商人隊でない女性がいる少数グループは苦戦しているようだった。
顔をうつ向かせ、人気のない馬車の影に連れ込まれている人もいた。
「転生者でなくても、特権を持てば人はこうなる」
「止めに」
そんなフィドルに、ソラは首を横に振った。
「よせ。今は憎しみ憤りを飲み込め。お前が戦おうとしている相手は彼らじゃあない。ああいうことをまかり通らせている、この世界だ」
「魔神に滅ぼされた俺の村は。転生者たちは、難民にならないよう、殺して回っていたってことなのか……!? そんなことのために、ローサは……!」
ソラは返事をくれなかった。くすぶる怒り、悲しみ、苦しみ、おぞけ。
殺す。……殺す。……殺してやる!
どろりとした感情を乗せたその言葉だけが、それらを抑えてくれた。
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