第13話 旅立ちの前

 あ……


 悲しげに背を向けるベルに伸ばした手が宙を切る。

 天井に、幌を被った照明が揺れていた。

 カーテンが風に揺れて、弱い朝日が床に影を落とす。

 清潔に洗濯されたシーツから上体を起こすと、自分が酷い汗をかいていることが分かった。


(夢……何を見たんだ、俺は……)


 うっすらと、円卓に着く転生者ギフテッドたちが浮かんだが、すぐに消えた。


「起きたか、フィドル」


 バスルームから魔女がタオル一枚巻いて出てきた。


「う、うわっ! なんて格好してんだよ!」


 顔を手で覆いつつ、つい指の隙間から肢体に目をやってしまう。


「お前も湯船に浸かっておけ。魔法での回復では疲れは取れん」

「お、おう」


 ばつ悪そうに横を通り過ぎると、石鹸のいいにおいがした。



 風呂を上がると、朝食とお茶が湯気を立てていた。


「魔女ギルドに伝令鳥を使いにやった。昼には旅の装備が届くだろう」

「そうか」


 ずず、と茶をすする。


「苦い!」


 フィドルはべえ、と舌を出した。


「薬草茶だからな。夢の世界とはいえ、お前は肉体の限界を行使して戦った。疲労回復を促す。我慢して飲め」

「限界?」

「あれが実力だとは思っていないだろうな、田舎の用心棒ごときに肉体強化された転生者ギフテッドに歯が立つものかよ。お前の戦士としての技量を3として、転生者は10++といったところだ」


 それは薄々とは感じていた。

 いくら村一番の戦士と言っても、精々腕自慢どまりなのだ。


「とはいえ、私の前にいる限り、あのくらいの潜在的な性能を発揮できる。さしずめ、‘私だけの勇者様’、というところだな。繰り返し練度を上げていけば」


 前にも見たが癖なのか、くるくる、と指を回す。


「あげていけば?」

「5、くらいにはなるだろう」

「半分以下かよ、話にならないじゃないか……」


 フィドルは肩を落とした。


「なに、蛮族の勇者くらいにはなれるさ。ちなみに私で、ウィッチクラフトワークス技能7、といったところだ。魔女の枠では師範級だろうが、転生者連中には遠く及ばん」

「そうはいっても、あんたも転生者なんだろ? ベルのすごい力も盗った」

「ベルを仮死状態にした時点で、あいにくと奴の無詠唱・魔力付与の恩恵ギフトは消えてしまったようだ。ふふ、なかなかうまくいかないものだ」

「そうか……天下無敵、というわけにはいかないのな……」

「なに、連中が強いと言っても中身はスカスカのクズどもだ。いくらでもやりようはあるさ」

「だな! ベルだって、倒せたんだ!」


 じっと手を見つめた。強く握ると、確かな感触がよみがえった。

 

 さっき、ベルの……どうしてあんな夢を見たのか、わからないが。

 背中しか見えないベル、そこだけやけに印象に残っていた。


「ああ、そうだ。‘魔女様’じゃ呼びにくくて仕方ない。名前を教えてくれ」

「別に魔女で構わんさ」

「そういうもんじゃないだろ」

「どの道この身は本来の私ではない。空っぽだ。そうだな、空っぽのカラ、カラとでも呼べ」


(随分投げやりだな)


「そんな悲しいこと言うなよ。じゃあ……空っぽ、空を大空のソラで、ソラ。どうだ?」

「ソラ……ふふっ」


 いつもの冷笑ではなく、魔女は楽しそうに笑った。


「まったくもって妙な世界だ、漢字の読み方を変えて……ソラか。私は何語で話していることやら……」

「?」

「いやすまん、こっちのことだ。ソラか、気に入ったよ。使わせてもらう」


 取り留めのない会話をしているうちに、荷物が届けられた。

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