第11話 戦い、終わって

 しん、と静まり返った真夜中。

 肩で息をしていたフィドルは、ようやく落ち着きを取り戻していた。


「本当に、素晴らしい人だったんだ」


 ニュースペーパーを回想する。


『ベル・ブラフォード氏、魔王軍に連戦連勝!』

『期待の新星、デウス・リベリオンに神の子、降臨!』

『戦えない者達に、逃走のスクロールを作成、無償提供! 命を救う活動』

『戦うより、命を守ることを。ベル氏、守りの魔力付与に意欲』

『伯爵令嬢、ベル氏にぞっこんか!? はにかみ、普通の青年らしさを見せる神の子』


 ローサに飽き飽きだよ、といわれた転生者の美談。逸話。

 魔女は区切ることなく、ただ、頷いて聞いてくれた。


「言ったはずだ。いかに誇ろうが、中身はコンプレックスの塊、負け組だと。恩恵ギフトは転生時に何者かから与えられる。何でもできる万能の魔法。美丈夫の容貌。そいつを願ったということは無能ゆえに、現実世界で与えられていなかった故なのだろう。逆説的に中身の脆弱さが見えるというものさ」


 否定するように、フィドルは首を横に振る。


「尊敬していた。お願いだ、それ以上、悪く言わないでくれ」

「すまない。まあ……過ぎた力は、心の謙虚さを失う。誰でもおかしくなってしまうのかもしれないな」


 魔女は、ベルの目を閉じさせた。

 血で汚れることを気にせず、腹の上で腕を組ませてやる。


「そら、夢の世界の魔法が解ける」


 どこからか、虫の声が聞こえてくる。

 耳をすませば、酒場からの笑い声も聞こえてきた。

 砕かれた宿も元に戻る。すべて。夢の中の出来事だったように。


 ベルの破壊された肉体もまた復元し、ただ眠っているだけのような姿だった。

 しかし、胸に起伏はなく、息をしていないようだった。


「肉体は生きている。魂は覚めぬ眠りについた。こんな奴の命をお前が背負う必要はない」


 魔女は振るわれることのなかったベルの咎人の剣を拾い上げた。


「もうしばらくすれば夜明けだ。私は行くとするよ」


 魔女がベルの上体を抱えると、その姿が薄まっていき、やがて消えた。


「夢の世界にある私の工房に送った。お前がこいつの殺害で追われることはない。行方不明の方が連中、デウス・リベリオンも後手に回るだろうさ」

「あんたは、どうして俺の味方になってくれたんだ?」


 フィドルは顔は伏せたまま、問うた。


「虐げられたもののため、雑魚がイキっていたのが気に食わんとでも言って、信じるか?」


 聞いて目を輝かせるフィドル。それは英雄に向ける目そのものだった。


「はあ……信じそうだなあ」


 魔女は息を一つ、帽子を奥深くかぶり直した。


「だが、あいにくとそう生暖かい話ではない」

「……」

「まあ、ここまで命の危険にさらしてしまっては、無関係と突き放すものではないか」


 一度、目を伏せた。


「察しているだろうが、私もまた転生者だ。転生時、私は大きな世界の意志……神、ではない。そう言い切れる薄気味悪い、そんな意志だ。そいつが私に伝えたのは」


 それは嫌悪か、あるいは忌々しげな、誰かを呪うような。

 そんな表情で続ける。


 転生者によって魔王の討伐を図ったが――

 世界のバランスを大きく崩してしまった――

 ぶら下げた餌・恩恵ギフト転生者ギフテッドは私利私欲に走り――

 それを、正体不明のそれはやり直したく――


「私には別の餌をちらつかせたわけだ。

 転生者を全て殺せば、元の世界に戻してやるとな」


 魔女はかいつまんでそれらをフィドルに伝えた。


「なんなんだそいつ……最悪だ」


 そんなものがこの世界の神とは信じたくない。

 そんなものが身勝手に恩恵ギフトを授けているとは思いたくなかった。


「自分で言うのは憚られるが、元の生きていた世界で、私は勝ち組……こっち世界で言うところの、貴族や大商人だったんだ。理不尽な死を迎え、この地に堕とされた。なんとしても元の世界に戻り、私に死をもたらせた者に然るべき報いを与えねばならん」

「……なるほどな」


 魔女は革袋を投げてよこした。

 受け取ると、じゃら、と中から金貨がこぼれた。


「これは?」

「生き直すには十分な額があるはずだ」

「……」

「村を焼かれた者の復讐。もしベル殺しの犯人として、デウス・リベリオンの手が回ったら、魔女にたぶらかされたと言うといい」

「待ってくれ、この金は礼のつもりか? 俺は自らの意志でベルを憎み、憎悪を以って復讐を果たしたんだ。そのことを汚さないで欲しい」

「……そうか。失言だったな、許せ。だが金は取っておけ、役に立つ」


 魔女は背を向け、一歩を踏み出す。


「あんたはどこに向かうんだ?」

「そうだな。神殺しの剣を土産に魔王軍にでも取り入るか。敵の敵を利用するのさ」

「その……! その……なあ!」


 フィドルいつになく、強い声で呼びかけた。


「長旅だ。荷物持ちが、必要じゃあないか?」

「……」


 魔女は足を止めた。


「剣には自信がある。野党や熊程度なら軽いものだ」

「おまえ……」


 魔女は振り返ると、しばらく思案した。

 意を決すると、手にした咎人の剣を投げてよこした。


「重くてたまらん」

「だろうな。俺にも、大きすぎる」


 フィドルはそれを背中に担いだ。


「まったく。……こんな性分だ、苦労をかけるが。よろしく頼む」

「ああ!」


 握手なんてぞっとしないことはしない。歩き始める歩に、フィドルは合わせた。

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