第10話 ターゲット 神の御子⑥

「『技能検索サーチライブラリ』。ふむ、こいつの万能の無詠唱魔法を奪えたらしい。こっぱずかしいウィンドウが開くことがなくて幸いだ。行使できる魔法はなるほど、多いな。『最上級治癒ハイエスト・ヒール』。対象は魔女の身体――ベルが入ってる肉体だな」


 解説を交えながらベル――魔女は手をかざした。

 かはっ、と、破壊の痕跡の中から声が聞こえた。

 ベルの肉体を持った魔女が、そこにあゆみ寄る。

 そして首を捕まえて魔女の姿のベルを立たせた。


「あ……ああ? なんで、俺が俺に掴まれて……?」


 うつろな目で、ベルが他人事のようにつぶやいた。


「ん? お前、中身が『入れ替わったー』……みたいなアニメ映画、知らんか。たしかそこそこのヒット作だったかと思うが」

「あ、うわ……うわあああああ!!」

「黙れよ。『束縛バインド』」


 魔法でできた拘束具が、四肢の自由を奪う。


「ひ……ぎいい……」

「私の顔でガマガエルみたいな声を出すなよ。怯えすぎて、漏らしてくれるなよ?」


 ぽい、とフィドルの足元にベル魔女を投げてよこした。


「フィドル、なんならこいつにメスイキでもしこんでやるか? これまでに犯した女の気持ちの万分の一でも思い知るかも」


 ひっ、と小さく悲鳴を上げた。フィドルは言葉の意味が解らず困惑した。


「冗談だよ。『マリオ人形ネット』」


 糸に吊られた人形のように、魔女ベルがしゃんと立ち上がった。

 その手には短刀が握られている。


「やはりこんなみじめな体はいらんな。お前、それで私を刺せ」

「なっ、なッ、なんだと!?」


 震える手が、ベル……魔女の心臓めがけて、刃を運ぶ。


「やめっ、やめろ、やめてくれ! ひいい! じ、自分の死ぬところなんてみたくねええ!」


 汚い悲鳴のあと。


『転生者 招かれざる13番目の魔女のギフト』

『致命的一撃に対しての誘発効果のギフトを発動』


 ……静寂。そして。


「ぎゃああああああ!! いだ、いだいいい!!」


 ベルは大急ぎで心臓の短刀を抜いた。


「『治療ヒール』!『治療ヒール』!『治療ヒール』!!」

「もう『再誕リバイヴァ』で直しているよ。心臓にぶっささった感触は生々しく、残っているだろうがな」

「ば、ばかめ、俺に体を返して、後悔するぞ!」


 わなわなと、震える指をベルは魔女に向けた。


「この魔女の体は気に入っているのでね。変態性欲者マニアックの男の体なぞいらん」

「殺す、絶対に殺す!」


 そこに、間にフィドルが割って入った。


「お前の相手は俺だ!」

「馬鹿が舐めやがって……もう手加減はなしだ!」


 ずずず、と臓腑を引き出すような音。ベルに禍々しい大剣が握られた。


「これこそ、俺の最高傑作『咎人の剣』。あらゆる魔法効果や転生者ギフテッドすら断ち切る、神殺しの必殺剣だ!」

「ははははは! なんだ、中二病丸出しとか、どうこう言っていなかったか!?」


 あまりにもおかしいらしく、魔女は大笑いした。


「黙れ! とくと味わえ!!」


 振りかぶり、フィドルに兜割をお見舞いしようとする。


「おまえなんて、何一つ怖くない」


 フィドルは剣を構えた。


「抜かせ! さあいくぞ、『獣化パーシャルビースト』!」

「『対抗呪文カウンタースペル』」


 ぱあん、と乾いた音と共に魔力が霧散した。


「……は?」


 上段の構えのまま、ベルは固まった。


「便利だなあ、無詠唱魔法」

「お、俺の恩恵ギフト……?」

「使い方がなってないな。私なら全てをカウンター呪文に回す。なんならそれが一番強くないか?」


(なんてことだろう!)

 思わずフィドルは心で喝采を送った。

 魔女はそのまま、ベルの力を引き継いだらしい。


「『破壊ブラスト』!」

「『魔力消沈パワーシンク』」

「はああ!?」

「同じことを繰り返すとは。サルと異世界人を笑えないのでは?」


 馬鹿にした表情を魔女が作った。


「俺が見えてないのか、隙だらけだぞ、ベル!」


 目にもとまらぬフィドルの一閃で、ベルの無防備な肩口から鮮血が飛んだ。


「う、うわあ! 『治療ヒール』!『再誕リバイヴァ』!」

「『雲散霧消ディシペイト』」

「ああ……やめろよ! みりゃあわかるだろ、血が止まらねえ、死んじまう!」


 半泣きの表情のベルの胸板を、ざく、と剣が貫いた。


「『大障壁プロテクションシールド』!」

「『呪文消し《スペルスナッフ》』」

「それ、やめろおお! てめええ!!」


 ベルの悲壮な悲鳴。

 それをかき消すようにフィドルは獣の咆哮を上げた。


 何度も何度も、無我夢中で剣を振り下ろす。


「ぎゃあっ! やめ……! やめ、てめえ!……が……がが……!」


 口を魚のようにパクパクさせ、血泡を吹く。


「ひと………ご、ろ……やめで……」


 怒号。怒号。怒号。

 刃が欠けた。中から折れた。

 

 それでも、手は止まらない。肩が攣りそうだ。知ったことか。


 突いて、裂いて、殴打して、引きちぎって。


 やがてようやく、フィドルの肩が叩かれた。


「もう死んでるよ」

「あ……」


 血のぬめりだけを残して、手から剣が地面に、乾いた音を立て、落ちた。


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