第9話 ターゲット 神の御子⑤

「ベル・ブラフォード。お前なんかに守ってもらいたくない。もう許さない」

「ここまでのようだな、そらっ」


 魔女が鋼の剣をベルに投げてよこした。受け取るはずもなく、地面に落ちる。

 そしてフィドルにも同じ剣を、こちらは手を添えて渡した。


「三くだり半を突きつけてやれ」

「……上等だ、サルが、身の程を知るまで躾けてやるよ」


 ベルは言うが早く、地面を蹴った。     


 右ストレートをフィドルに放つ。

 フィドルはわずかに体を逸らすとそれをかわした。はっきりと軌道が見えた。

 

 なんだこいつ、遅い。

 体を沈め、脇胴に剣の一撃を見舞った。そのまま、ベルの後ろ側にすり抜ける。


「がうっ!?」


 それはベルにとっては予想外。誤算であった。


「『治癒ヒール』、『再生リジェネレート』……なんだと」


 傷は一瞬でふさがる。

 バックナックルでフィドルの後頭部を狙うが、これも空ぶる。


「隙だらけだぞ、ベル!」


 逆袈裟に剣を切り上げた。鮮血が散る。


「が、っふ……調子に乗るな!」


 大振りの蹴りも、フィドルに掠ることはなかった。


「丸太相手の野良剣術が、転生者に通じるものか! 『破壊ブラスト』!」


 空間が爆発したが、既に、フィドルは懐に入っていた。


「はあ!? お、俺より速いだと!?」


 がら空きの小手に剣が入る。返しの刃で、手首どころか片腕が吹き飛んだ。

 本来は致命傷であるが、再生の効果ですぐに傷は癒された。


「通じなくて当たり前だ」


 淡々とした声で魔女がうそぶいた。


「……そんな、バカな」

「転生者としての恩恵ギフトで神の子だとかもてはやされているが、ここにお前に奇跡を授ける神はいない。夢の中だぞ? イメージの伴わぬ攻撃など脆弱そのものだ」


 言葉すら出せず、ベルは唇を震わせた。


「断言してやる。お前はお前の言うモブ、村人のフィドルより、弱い」


 魔女はまさに正鵠にベルを指さした。

 ふうー、ふうー、と、彼の鼻から怒気が漏れ出ている。


「何も積み上げて来なかったお前に。勇者のために力になりたい。大切なものを守りたい。そのために凡庸ながら鍛錬を積んできた彼に勝てる道理はない」


 あまりに無防備に呆気にとられるベルを、ざっくりと正面から斬った。

 ベルは奇声を上げ、膝をつく。


「こんな……けしからんことが……ブツブツ……理不尽なことが許されるものか」

「フィドル、とどめの一撃を」


 しかし、上段に構えた剣をフィドルはそのまま振り下ろそうとしない。

 できなかった。

 熊をはじめとした害獣、狂獣を仕留めてきたが、人は切ったことがなかった。


「フィドル!」


 魔女の呼びかけと同時、ベルが自らの太ももに剣を突き立てた。


「ぐあああああ! いてえ、いてえ……!」

「ちっ……なるほど、痛みで夢の術を解こうというわけか! 単純だが効果的かもしれん!」

「『速攻ヘイスト』、『貫通ペネトレイト』、『呪禁アンチスペル』、『獣化パーシャルビースト』、『狂歌高揚ファナティズム』、『カーズプルーフ』『メンタルプルーフ』『プロテクションブレード』!!!」


 ありったけの強化魔法をかけ、強い震脚で踏み込む。

 と、その姿がフィドルの目前から消えた。


「殺すべきはお前だ! くたばれ、邪悪な魔女め!」


 隕石が落ちたように地面が砕け、その中心には魔女の体があった。


「そんな!」


 一歩遅く振り返ったフィドルの顔にまで、鮮血が飛んできた。


「アッハッハハハハハ! どうだ! 俺は強い! 俺は天下無双の転生者、神の子、ベル様だ!思い知りな、アハハ、アハハハハ!!」


 掌を天に突き上げ、勝鬨を上げる。

 だが次の瞬間、ベルの体がドクン、と跳ね上がった。


『転生者 招かれざる13番目の魔女のギフト』

『致命的一撃に対しての誘発効果のギフトを発動』


『権能・ソウルスナッチャーり』


 言葉ではなく、頭の中に何かの意思の様なものが流れ込んできた。

 時間が止まっているように、世界から色が消えて、静寂だけがあった。

 ベルが、コキ、コキ、と首を鳴らした。


「私だよ、フィドル」


 ベルが振り返った。

 そして、時間が動き出したのか、破壊の残滓が地面に落ち、粉塵が風に舞った。


「『ソウルスナッチャーり』体の入れ替わり。これが私の、転生者として授けられた恩恵ギフトだ」


 ベルの声からは高慢さが消え、誰もが耳を傾ける英雄の美声に変わっていた。

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