第8話 ターゲット 神の御子④

「『鑑定ディテクト』」


 りいん、と鈴の音が鳴ったように思う。


『いたずら坊やの……』


「長ったらしい詠唱とか、ダサすぎるんですけどぉ!? そこかあ!!」


 地面を蹴り、空を蹴る。

 そこに、姿を消していたのであろう魔女の姿が現れ、横っ飛びに崩れた宿のがれきに叩きつけられた。


「アッハハハハハ! 俺の前でクソ長い中二病丸出しの魔法なんざ通るかよ!」


 長い髪を引っ張り、引きずり上げる。さらに口を押えた。


「『静寂サイレンス』。へっ、魔術士なんざこれで詰みだ」


 髪を掴んだまま、顔を近づけた。


「カッペが連れてきたにしちゃ、上等なオンナじゃん」


 そういうと、胸に手を当て、ドレスローブを引き裂いた。


「馬鹿野郎! お前、それしかやることがないのか!」


 ありったけの憎しみを込めてフィドルは叫んだ。


「うるせえよ、サルが! お楽しみといくぜ、そこでマスでもかいてろ!」


 ベルはそのまま魔女を押し倒すと、自らのズボンに手をかけた。


『――いたずら坊やの 目を閉じる

 夢の世界の 秘密の扉を前に 鍵を手に』


「……ああ? まだ……どこから……? 『解呪ディスペル』!」


『息を忘れ 深く 深く

 昏い微睡に招かれる』


 声は止まらない。


「ディスペル! ディスペル! どうしてだ、なぜ!」


 にやけた顔が消え、ベルに焦りが浮かぶ。


『久遠の果てまで 甘き 夢を』


「『対抗呪文カウンタースペル』!」


 何もない宙に手ぶりをするベルの姿は、滑稽ですらあった。


『プランダー・ナイトメア』


 呪文が完成し、夜が落ちる。

 夜より濃い紫煙の薄い天幕が空から現れ、周辺を闇よりも黒い色で染め上げた。

 こつん、と足音。

 フィドルの隣に、ベルに組み敷かれているはずの魔女が姿を現した。


「なんだと……」


 我に返ったように、ベルがこちらに向き直った。


「まずはズボンを直したらどうだ、童貞陰キャくん」

「てめえ……!」


 ベルは恥辱に晒された表情で下半身を直した。


「ま、魔女様! よかった、無事なんだな!」

「苦労はしたぞ? 生ごみ相手に腰を振るそいつの姿に吹き出しそうになるのを我慢しなくてはならなかったからな」


 くくく、と性悪そうな含み笑いを見せた。


「……」


 ぐちゃり、と音を立て、ベルの手には腐った骨がこびり付いていた。

 せっかく金糸で彩った白のスラックスは汚濁にまみれて台無しだ。

 その手が怒りで震える。


「……殺す」


 ベルは激昂して立ち上がると、拳を前に構えた。


「ようこそ、睡魔の世界へ。攻撃魔法は使えないぞ、なにせ夢の中だ」

「これが、魔女の魔法か! すごい!」

「君の嫌いな詠唱呪文、魔女の使うそれはウィッチクラフトワークスという。解呪では解けないし、魔法が完成してからでは対抗呪文で相殺もできない」


 ベルは言われて、いくつか攻撃魔法を試す。いずれも空振りに終わった。


「チッ……『浄化クリーンシング』」


 舌打ち紛れに呟く。すると、服がきれいになった。


「なんで鑑定の魔法で見つけられなかったんだ」

「フィドルと重なって隠れていたからな。対象を誤認してしまったのだよ。対抗呪文にしてもそうさ。魔法体系の仕組みを知っていればどうということのない策だがね」

「夢の魔法ねえ。どうやら今更、がたがた言っても仕方ありませんね。そいっ」


 掛け声一つ、おもちゃのハンマーがベルの手に握られ、ピコ、ピコ、と間抜けな音を出した。


「ふーん……イメージすればそのままの通りになる感じか。さすが、夢の中」


 ハンマーを捨てると、そこにソファーとティーセットが出現し、ベルは横柄に座った。


「で――要件は何? 聞いてあげますよ」


 落ち着きを取り戻し、ベルはにたり、と何とも言えない笑みを浮かべた。


「フィドル」


 魔女が前に出るように促した。


「転生者ベル・ブラフォード。彼はフィドル。お前が村で殺した名もなき村人だ。亡者ではない。私が命を救ってやった」

「あっそ。で?」

「わ、詫びてくれ!」


 身を乗り出すような勢いで、フィドルは声を張った。


「はあ?」

「どうしてあんなひどいことをしたんだ! あんたは英雄だろ! その力で勝手なふるまいは二度としないと誓ってくれ!」


 ふう、ふうと息が乱れた。本当は怒りに任せ、飛びかかりたかった。


「なるほどなあ……」


 ベルはうつむいた。


「あまりに不憫ではないか? 答えを。ベル」

「な る ほ ど……」


 焦らすように言葉を一言一言、強調する。

 ベルは顔を手で覆うと、肩を震わせた。


「ああウゼエ。とんでもなくウゼエ」


 癇癪を起し、ティーセットの乗ったテーブルを蹴飛ばした。


「イライラさせんなよォーーーッ! 守ってもらってる身で! サルが! サルに発言権なんてねえんだよッ!!」


 そんなベルを、魔女は冷ややかな目で見ていた。


「だ、そうだ」

「……わかった、もういい」


 フィドルは自分を愚かだと思った。

 何か理由があったのではと。

 なにか、謝罪めいたものが出るものかと。

 そんなものをなぜ、期待してしまったのだろう。

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