第6話 ターゲット 神の御子②

 薄暗くも高級感のある通路を抜けると、華やかなステージのあるフロアについた。 ホールには何組かの客が酒を舐め、または舞台にかじりつき踊りを楽しむ者で賑わっていた。

 彼、ベル・ブラフォードは女の子を2人、席につけて執拗に体を触っていた。


「て、転生者様困ります」


 払い除けることもできず、ベルの手の甲に自分の手を添える。


「そういうお店ではありませんので……」


 こちら、少し年上だろう女の子が腰を低くお願いする。」

「ん? あ、そうでしたか、これは失礼……アハハハハ」


 突然、ベルが女の子の服をはぎ取った。


「だったら何?」

「キャアアアア!」


 騒がしい音楽を裂いて、悲鳴がフロアに響いた。


「問題ないと思うけど? 誰が俺を止めるんです? たぶん……二秒もあれば全員殺せるよ」

「ひ……」


 恐怖から、女の子が声を詰まらせる。


「わかったら。君も脱ぎなよ」


 ベルは顎で指示した。

 踊り子は怯え、震えながら下着姿になった。

 恥辱に耐えきれず、一人は顔を覆い、一人は膝から崩れ落ちた。


「アッハハハハハ! いいね! かわいいじゃない!」

 

 心底楽しそうに、ベルは手を叩いた。


「あいつ、なんてことを!」


 フィドルの口から、思わず嫌悪がついて出た。

 厳しい表情で睨みつけると、ベルもまたこちらを睨んでいた。

 刹那、首に圧迫がかかる。

 壁に後頭部を打ち付けられ、片腕で吊るされる形になった。


「ぐっ!! いつの、まに!?」


 攻撃の気配すら感じとれなかった。


(やはり、実力が違いすぎる……!)

「テメェは……村にいた奴か」


 腕に万力の力がこもり、呼吸もままならない。


(なんて力だ、明らかに人間のものじゃない!)

「はあ~……面倒くさいな。なにこの想定外のイベント? こういうのいらねえんだよ、転生者様には」


 フィドルが振りほどこうと腕に手をかけるも、びくともしない。


「圧倒的パワーとご都合主義でひたすら異世界無双する、それに少しばかりのエログロ、バイオレンス。それが求められているもの、なんですよ?」


 さらに腕に力がこもる。げえ、と気道から空気が抜けていった。


「これがどんなイベントかは知りませんけどね。そういうわけで、教えてください。お前……なぜ生きているのです? 答えないと、このまま首を折ってしまいますよ?」

「……」


 口を動かすだけで精いっぱいだ。


「え? なんです? 聞こえないなあー」


 あざ笑う声。少しだけ弛緩された。けほ、と空気が抜けた。


「なん、で、俺たちを殺したんだ……!? 誰一人悪いことはしてない! みんなで平和に暮らしていたのに!」

「ええ……? あなた方にも、怒りとか無念とか、そういうのがあるんですか? もしかして怒ってます? NPCのくせに」


 訳の分からない侮辱の単語だったが、フィドルのことを人とみていない、そんな感じがひしひしと伝わってきた。


「……それはいいから。教えてくださいよ、なんで生きてるの? 同じこと聞かせないで。それとも同じセリフをくり返すしかできないのかな?」


(よくわかった)


「あーあ、死にたいんですか? 黙っちゃったよ。ったく、まあいい。村人一匹残っていたって、誤差の範囲でしょ」


(こいつは本当に、俺たちの命や尊厳なんてないものと思ってて)


「『間に合わなかったのか……』『くっ、魔王軍め!』『彼らは、犠牲になったのだ……』なんてね。一匹残ってたら、泣きが足りないよな。そういうことで、じゃ。殺しますよ」


(だったら。殺されるべきなのは、俺じゃない)


「……お、まえ、だ」


 魔女がいった、感情。復讐心。或いは憎悪、苦痛、憤り。

 それが腹の底から、炎のように湧き上がってきた。


「はいはい。バイバーイ♪」

「後悔するぞ、陰キャ野郎」

「あ……?」


 唐突な言葉に、ベルはきょとんとした顔になった。


「イ、ン……キャ……?」

「聞こえないか? 俺は、転生前のあんたを知っている。って、言ってるんだ」


 見て取れるくらい、ベルは動揺し、顔を紅潮させ、首から手を離した。


「馬鹿な。そんなはずない。デウス・リベリオンの連中にも話してないんだぞ。いやしかし陰キャ……なんて言葉、こいつらが知っているはずがない」


 魔女のぽつりと言った言葉だが、きっと転生者にとって侮辱をあらわす言葉なのだろう。期待以上の反応をベルは見せた。


「お前……何者だ」


 胸倉を掴み、ベルは顔を近づけて凄んだ。


「知りたいなら、俺とお茶でもしませんか」


 自分でも、びっくりするような乾いた声だった。

 

 殺す。


 その感情だけがどす黒く、フィドルの顔に悪辣な笑顔を作った。


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