第5話 ターゲット 神の御子①

 町、王都を歩く人々。そこに交じって、フィドルも道を往く。

 ひどい酩酊状態のような心地であった。


(いったい何者なんだ、あの女)


 通行人と肩がぶつかる。

 舌打ちをされたが、フィドルはそのまま無気力に歩き続けた。


(転生者を殺すなんて、そんなこと出来るはずない)


 彼らのもたらした文明、街頭の‘エキシビション’に彼らの戦いの映像が流れている。

 地を割り、山を薙ぐ。

 空を裂く銃弾が、人間の数倍の大きさの魔獣を蹴散らしていく。


(……どうして)


 その暴力が自分たちに向けられたのか。そして――


(なんで俺はこんなところに来てるんだ)


 目前には、きらびやかな高級クラブの看板があった。

 

     ◇


 半刻前。夢見心地のまま、フィドルは王都のとある宿に連れ込まれていた。


「ターゲットは‘神の御子’ベル・ブラフォード。奴の恩恵ギフトは二つだ」


 魔女が二本指を立てる。


「一つは無詠唱魔法。魔術体系を無視してあらゆる魔法を刹那に行使できる」


 フィドルは、いち村人にすぎないのでそれがどう凄いのかもピンとこない。


「本来の魔法は目に見えない大きな存在に助力を求め、儀式や呪文を用いたり、魔法陣を並べたりして使うものだ。奴にはそれがない。神や精霊、あるいは悪魔の権能のように。もっとわかりやすくなら、竜が炎を吹くのと同じように魔法が使える」


 察したように魔女が解説した。


「神と同じに……だから、‘神の御子’……ってわけか」


 大きな敵の姿に、フィドルは身震いを覚えた。


「もう一つは魔道具精製。やつ特有の象徴印により、あらゆる道具にあらゆる魔法効果を付与することができる」

「はあ……」

「結論を先に言うなら、正面から挑めば百パーセント返り討ちというわけだ」


 とんとん、と魔女は首を狩るジェスチャーをした。


「つまり、全然ダメじゃないか」

「そこでお前の出番だ。ベルはお前が生きているとは知らない。そこに付け入るスキがある」

「俺を見ればその……興味を持つ、と?」


 フィドルは自分を指さした。


「そうだ。そしてべルを私の前に連れてこい」

「連れて来いってそんな……どうやって?」


 不安を隠せず、弱気が口をついた。


「方法は任せる。ナンパでもする感じでいいだろ、食事にでも誘えばどうだ?」

「適当なコトいうなよ……」


 フィドルは頭を抱えた。それを見て、興味深そうに魔女は頷いた。


「ふ、ナンパはわかるのか。それともそう訳された言葉の意味を拾っているだけか。つくづく……適当な世界観だな、ナーロッパというヤツは」

「?」

「独り言だよ、気にするな」

 

 応答はここまでとばかりに、魔女は腰かけたベッドに体を預けた。

 フィドルは頭を掻くと、意を決して部屋の出口に向かった。


「ああ……もし連れていけたとして何をするつもりなんだ?」

「私は魔女だと言ったろう。魔法を使うに決まってるだろ?」


 くるくると、からかうように指を回す。

 それが魔法だったのかはわからないが、フィドルは力なく、素直に頷いた。


     ◇

 

 そして今に至る。一度唾をのむと、分不相応な高級クラブの戸を開いた。


「いらっしゃいませ」

「イラッシャイマセー!」


 壮年の黒服と、二人の踊り子が頭を下げた。


「あ……すいません、俺、こういうところ初めてで」


 低姿勢にこちらも頭を下げると、黒服は温和な笑顔で頷く。


「武器になるものをお持ちでしたらこちらにお願いします」

(武器か。そういえば何も持ってきてない。これから奴に会おうっていうのに)

「ありません」


 首を横に振った。


「では、身分証明書――当サロンのメンバー証をお願いします」

「あ、えっとその」


 あるはずもないそれを、ポケットを探り――それは出てきた。

 金色のカードだった。


「ほお……」


 渡すと、黒服は感嘆した。


「どうぞラーズグリーズ子爵様、ごゆっくり、お楽しみください」


 身に覚えのない、ずいぶんと箔のありそうな偽名を告げられた。

 みすぼらしいなりがお忍びの雰囲気を強め、真実味を増す。魔女の仕業か。

 魔女がいったい何をするつもりなのか、フィドルには想像すらできなかった。

 

 計画ラーズグリーズす者、その意味も。

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