第4話 招かれざる十三番目の魔女

 地面から背を押されたかのように、フィドルは勢いよく身を起こした。

 自分の両手を確かめる。続いて首に手を当てる。微弱ながら鼓動が返ってくる。

 自分の心臓の音を感じる。――生きている、生きていた。


「ああ……」

 

 大きく息を吐く。


「良かった、やっぱり、夢だったのか」


 身を起こそうと、背ながらに伸ばした手にぬうり、と濡れた感触があった。

 目をやると、顔がつぶれた男の死体があった。フィドルの手は血に汚れていた。


「ひいっ!」


 情けない悲鳴が口をついた。鼻をついたのは、死臭と焦げた匂い。


「な、な……なんなんだよ、これ……」

「おはよう、フィドル」


 女性の声だった。しかしローサではない。もっと艶のある声だった。


「は、はあ!?」


 咄嗟に体を転がし距離を取って立ち上がった。そこからさらに、一歩引いた。


「もう体は動かせるか。あの状態から目覚められるかは五分だったが。大した生命力だ」


 女は歩み寄ると、フィドルの耳元のあたりまで顔を近づけた。


「だっ、誰だお前」


 値踏みするような目に悪寒を感じるも、フィドルは当然の質問をぶつけた。


「魔女。お前の命を助けた。多少は感謝されてもいいと思うが」


 ゆるくウェーブがかった灰の髪、大きな旅帽子、扇情的な露出の多い衣装。

 老婆ではなく若いことを除けばなるほど、絵に描いたような魔女だった。


「と言っても、傷を癒しただけだがな。この世界の魔法に人を蘇らせるものはない。まああるかもしれないが……私は知らん」


 容態を確かめるためか、フィドルの瞳の奥まで覗き込み、頬、首と、その手を這わせた。


「よしてくれ!」


 払い除けるまではいかないが、一歩下がることで拒絶を示した。


「説明してほしい、何が起きたんだ!」


 昇ってきた怖気をかき消すよう、強い語気で問うた。


「お前の見たとおりだよ」


 村の方角を指示した。空が朱に染まり、黒煙があがっている。


「転生者が村を焼き、村人を皆殺しにして、お前の幼馴染も、犯した上で殺した」


 ローサのうつろな目を思い出し、フィドルは堪らず嘔吐した。


「うっ……げええええ」

「奴らが憎いか?」


 おさまるのを待って、契約を求める悪魔のように、魔女は手を差し伸べた。


「なら、殺そう。手伝ってやるよ」

「殺す……って……」


 自分の言葉に、思わず目を伏せた。


「どうした? 殺すほどには憎んでいないか」

「憎いよ……そりゃ、憎いさ……だけど、転生者を殺すなんて不可能だ」

「なぜ?」

「なぜって……そりゃあ……」

「お前は転生者の何を知っている?」


 魔女はフィドルについてくるように促す。

 フィドルはそれに従い、よた、よた、と歩む。眩暈がひどい。


「せいぜい英雄として脚色された姿くらいしか知るまい。だが、私は知っている。彼らの転生前の姿を」


 薄笑いと共に、魔女は空を指し示した。


「引き篭もりのパラサイト。他人の足を引っ張ることだけは一人前の社畜。SNSにかじりつく承認欲求の塊。コミュ障の非モテ。根暗なオタク。笑えるほどにゴミ揃いだ」

「な、何を言っているのか……わからない……」

「まあ、かいつまんでいえば世間の鼻つまみ者たちだ。だが、そんな彼らの腐った魂すら救う神がいた。ふふ、いや、或いは有限な資源の回収かもしれないな。それが、異世界転生だ」

「異世界……転生?」

「転生者には固有の才覚、『恩恵ギフト』が与えられた。いずれもこの世界の理を覆す強力無比な特殊能力ばかりだ。ゴミどもはチート能力で楽々無双し、お前たちはまんまと連中を英雄に祭り上げた。奴らはたまたま、運が良かっただけ。そこに一切の努力や労力はない」


 フィドルは思わず、拳を握った。

 その手は、少しでも村の力になりたいと剣をふるい続け、豆だらけだった。


「すなわち異世界転生者ギルド『デウス・リベリオン』なんて連中はチート能力でイキッているだけの陰キャ集団なんだよ。一皮むけばただの人……いや、むしろ劣等種ということだ」

「……」


 声にならなかった。ただ、ひしひしと彼女から侮蔑の感情だけは伝わってきた。


「なあフィドル。何を迷う? そうか、なら、その気持ちに、名前をやるよ」


 耳元でささやく。


「復讐しろ。邪悪な者たちに、然るべき報いを受けさせてやれ」


 血の気が引いて、またも、意識が朦朧と。

 後ろに倒れそうなところを、魔女に髪を掴まれ、そのまま前のめり。

 肩で受け止められた。

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