第2話 語られない序章
序章
『デウス・リベリオン、またも魔王軍討伐!』
「すげーっ! 転生者様がまた魔王軍を追い払ったぞ!」
号外と銘打ってばらまかれたニュースペーパーに、村の若者、フィドルは興奮冷めやらぬ様子だった。
「ほんと、転生者の話が好きだねえ、フィドルは」
彼の幼馴染、ローサは困惑顔でそんなフィドルに付き合っていた。
「そりゃあそうさっ!」
目をキラキラ輝かせて答えるフィドルに、ローサは苦笑いするばかりだった。
ローサは薬草摘み、その護衛にフィドルが付いている。
ここは魔王軍との戦場からは縁遠い辺境の村。
とはいえ魔族に影響されてか、野生動物の凶暴化も問題視されている。それらから力なき女子どもを守ることは数少ない村の戦士・フィドルの大切な役目だ。
「俺たちが平和に暮らせているのは、転生者様たちが魔王軍と戦っているおかげなんだぞ?」
「はいはい、もう聞き飽きたって」
「この新聞だって、転生者様が前の世界からの技術を持ち込んでくれたからこんな田舎にまで届けてもらえるんだからなー」
大切そうに懐にしまうと、たまらず空を仰いだ。
「あーっ! 俺も王都に行って転生者様たちの手伝いがしたいぜ!」
「ムリムリ。フィドルがいつも言ってることでしょ」
くるくると、指を回して気取った所作を見せる。
「騎士様や超一流の冒険者だって、転生者に守られているくらいなんだよ? 村一番の戦士ってくらいじゃ話にならないよ」
「ぐっ、痛いところをついてくれるなあ」
図星を突かれ、胸が痛むそぶりを見せる。
「でもなにか力になれることがあるはずだって!……荷物運びとか」
後半は気持ち沈みがちに小声になっていった。
「まあまあ。こうして集めた薬草だって、転生者にかかれば万能薬に変わるっていうし。私たちは私たちの、できる戦いをしようよ!」
「むー……」
ばつ悪そうにするフィドルに、ローサは一度息をつき、精いっぱいの笑顔を作った。
「私は遠くの転生者より、近くの幼馴染の方が頼もしいけどね」
「は、はあ!? なに言ってんだよ!」
顔を真っ赤にするフィドルを横目に、ローサは、はっとして空をみつめた。
「ね……ねえ、フィドル。村の方……空が赤くない?」
「火事か……!? わるい、ローサはここで待ってて」
言葉の途中で、フィドルの目前の景色が歪んだ。
続いて、鈍い音が自分の体の奥から響いてくる。
声にならないまま、足のコントロールが利かなくなった。
世界が回る――落ちる。
喉の奥から上がってくる重い痛み。そこに、ローサの悲鳴が遠く、重なった。
暗転。意識が薄らいでいった。
時間の感覚を失ったまま、ぼやけた視界が開いた。
(寝て……た……?)
(ローサと……ローサは? 一緒に……いたよな……?)
(なん……で……体が、動かない)
五指が僅かに、地面を掻いた。
(何が起こ)
うつろな目のローサが、目に入った。
ローサの後ろには男がいる。その顔は高揚していた。
風の音すら聞こえない。それはきっと、幸いだった。
悲痛な彼女の声を耳にしなくて済んだのだから。
男の肩が小刻みに動いていた。それで、乱暴されているのがわかった。
(これは、夢だ)
フィドルは思考に蓋をした。およそ、正気を保てそうになかったから。
(神の御子……ベル・ブラフォード様)
男の名がよぎる。見間違うはずもない。幾度も憧れた、その人だ。
整った顔が好色に歪んでいる。その人が。
(ローサを。どうして)
「おいベル! いないと思ったら、こんなとこでサボってんのか!」
若い声がした。
(
もう一人。
(それに、
「あはっ、俺、またなんかやらかしちゃいました?」
目の前の凄惨な光景に、およそ似つかわない快活な声だった。
ミツホシは忌々しそうに舌打ちをすると、
「始末は自分でしろよな」
と言っただけで、背を向けた。
「あははは、さっすがミチホシさん、話がわかる! ってね」
それが、フィドルの正気の、限界だった。
(起きたら――)
意識が沈んでいく。涙が一筋、滴ったのが分かった。
それが、最後に残った感覚だった。
(たくさん、ローサと話そう。まだ――)
(だって俺、は、……ローサのこと……)
まだ、返事をしていない。彼女に答えないと、起きないと……
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