第6話『深夜の会議室』 『ハイヒール』 『聞く』
「美しさは音に出る、『聞く』のではなく、自ら聴くのだ!」
これが我が社の社訓であり、私はこの言葉に感銘を受け入社を決心した。
女性向けアパレル会社として、一代で世に名を轟かせたこの会社。
社長は今や知名度NO1の若手女社長。
美しさに一切の妥協を許さず、美の為に生きている。
いや違うな。美しさが彼女なのだ。
そんな憧れしかない社長の元で働けることがどれだけ光栄なのか。
私は働く=幸福のトランス状態で今日もバリバリの残業をしていた。
会社としては残業はNGなのだけど、どうしても社長のようになりたくて申請はしていない。
今夜は明日の新商品開発会議の準備にあてるつもりだ。
もくもくと『深夜の会議室』に資料を並べる私。
残業が無申請なので、照明を使うのはなんだか気後れした。
なので、窓から入るビル明かりを頼りにしながら各席に会議資料を配置をしていく。
遅くまで働く社員はたくさんいるようで、廊下を歩く足音がひっきりなしに聞こえる。
私も負けていられない、デスク周りを歩くたび、私の『ハイヒール』の音が『深夜の会議室』に響く。
「今日のご飯何にしようかな・・・・・・」
とはいいつつ、夜遅くまで働くとお腹が空いてくる。
今日も近くのコンビニ弁当で済ませることになりそうだが、仕方がない事なのだ。
でも、カロリーはそのまま体重に加算されると考えると、弁当もやめた方がいいかもしれない。
「そうね、この時間の食事選択は慎重になるべきね」
「ひぇ!!!!!!!」
心臓が飛び出るかと思った。
予期せぬ返答に、大事な資料を奇声と共にまき散らしてしまった。
恐る恐る、声の元に視線を送る。
すると全身きれいに着飾った長身の女性が床に聞き耳を立てていたのだ。
そして、彼女をよく見ると私の憧れの存在であることが分かった。
「社長!!!!?」
「しっ!静かにしてもらえるかしら!」
(ええええええええ?)
社長がこんな場所で何をしているのだろう?
驚いている私に気にも留めず、社長はピクリとも動かない。
すると社員の女性が廊下を歩く音がする。
ハイヒールが床を叩く、高い音が会議室内にも聞こえてきた。
「カツ、カツ、カツ」
『ハイヒール』特有の音。幼いころに聞いたこの音に、私は虜になったのだ。
女性の美しさを強調するこの音色は聞いていてやはり心地がいい。
社長とはいうと、音が止むと寝ていたストレッチマットを丸め会議室をさっと出ていった。
(何だったんだろうか?)
私は落とした資料を拾い集めながら、先ほどの出来事を考えていた。
というか、無申請で残業しているの目撃されたのはまずかったのでは・・・・・・?
そんな心配をしていると、再び会議室の扉が開き先ほどまでいた社長が姿を見せた。
(やっば・・・・・・・)
深夜遅くまで働いていることを指摘しに来たのだろうか。
社長は私の眼を真っすぐ見据えて口を開いた。
「あなたのハイヒール物はいいけど、あなたには合っていないわ。もっと自分を磨きなさい。宝の持ち腐れよ。」
そう言って会議室を後にした。
あまりにも一瞬で、リアクションができない私。
実は社長と話をしたのは初めてなのだ。
まさか、こんな形で会話をするとは思いもしなかった。
複雑な感情が渦巻いていたが、私の中では喜びが勝っていた。
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