8 縁結び会議

「束原さん。小鬼って、これのこと?」

「そう。見えるようになったんだね」

『こいつ、もしかして怖がってるのか? とんだチキン野郎だな』

 見ると、長日部君の足は細かく震えているようだった。霊感はあっても霊の姿を見たことがなかったのだから、いきなりこんなゆるキャラが空中に現れたのを見たら、そりゃ驚くだろう。

「……おもしろい生き物だね。束原さんは、怖くないの?」

「初めて見たときは、びっくりしたけど。怖くは、ないかな」

「そ、そうか。いや、これは、ほんと……びっくりだ」

 長日部君は、おそるおそる小鬼に近づいた。その赤い着物や角を、まるで美術品を鑑賞するようにじっくりと観察している。

「そんなに見られると照れる。少し離れろ」

「あ、ああ、ごめん」

 言われて長日部君は素直に下がった。この人は、どうも顔を近づけすぎるくせがあるようだ。

「それじゃあ、質問していいかな。縁結びのことについて」

「いいぞ。でもその前に、一つ補足させてくれないか。さっきのエマの話なんだが、ひとつ足りないところがあったんだ」

 え、何だろう。全部話した気がするけれど。

「もしヤシロが四十九日までに川を渡れなかった場合、エマ自身も死後、浮遊霊になってこの世を永遠にさまようことになっちまうんだ」

「なっ……何だって!? 束原さん、それ本当!?」

「ほんとだよ。そういえばそれ、言い忘れたね」

 わたしの言葉に、長日部君は目を丸くした。

「なんでそんなに冷静でいられるんだ? 道連れにされてしまうかもしれないっていうのに」

「そりゃ、わたしだって、最初に聞いたときは驚いたよ。でも、徳を貯めさえすれば解決するんだから、とりあえずやるしかないじゃない。じたばたしたところで、何が変わるわけでもないし」

 わたしの言葉に、長日部君の表情が落ち着いたものへと戻った。

「すごいな、束原さんは」

「え? いやべつに……」

「これは何としても成功させないと。ヤシロのためだけでなく、束原さんのためにも。僕にできることならなんでもするよ。一緒にがんばろう」

 そう言うと、長日部君はわたしに手を差し出した。

「あ……うん。ありがとう」

 ぎこちなく上げられたわたしの手を、長日部君がそっと包み込んだ。

 心強い……かどうかはわからないけれど、仲間が一人増えたのだ。なんだかちょっと、うれしい気持ちだ。

『あー! 手握った! こいつ、今手握った! このエロガキ!』

「え、エロガキって……。小学生みたいなこと言わないでよ」

 ベッドの上からはやし立てるヤシロさんをにらむ。長日部君はわたしの手を離すと、やれやれといったふうに首を振った。

「どうも品のない幽霊みたいだね。まあどんな性格であろうと、束原さんの運命がかかっている以上、全力で協力するよ。じゃあさっそく、縁結びの方法を協議しようか」

 そう言うと、長日部君は床に座った。わたしはその隣に、小鬼は机の上に腰かける。

「四十九日までまだじゅうぶん時間はあるけど、人の縁は一日二日でどうにかなるものじゃない。小鬼、まずは正確な達成条件を教えてもらえないかな」

 長日部君はすっかり小鬼に慣れたようだ。

「そうだ、それをきちんと伝えてなかったな。縁結びってのはつまり、二人の人間が両想いになり、さらに恋人同士になることで達成される」

「恋人か、なるほど。では、もうひとつ。ヤシロが徳を貯めるには、ヤシロ自身が縁結びをしたと判定される必要があるはずだ。その判定基準はどうなってるんだ?」

「そこなんだ。ヤシロに『縁を結びたい』という気持ちがなければ、ヤシロが縁結びをしたとは判定されない。おいらはここが一番のネックだと思っている」

「なるほど……そうなると、縁結びをする人間の少なくともどちらか一人が、ヤシロの知り合いであるほうがよさそうだ」

 確かに。ヤシロさんが、「縁を結びたい」と思える相手、ね。

 視線が、自然とヤシロさんに向く。片肘で頭を支えているヤシロさんは、わたしを見てにやりと笑った。

『んじゃあ、エマの縁結びをしよう。誰か好きな奴いるだろ?』

「……はあっ?」

 いきなりの提案に固まったわたしをよそに、小鬼がぽんと手をたたく。

「おお、いいかもな。確かにエマも、ヤシロの知人であることに変わりはない」

「わ、悪いけど……わたしそういうの、いないから」

 長日部君はここに来てようやく、ヤシロさんがわたしの縁結びを提案したのだと理解したようだった。

「確かに、そうだね」

 長日部君は、わたしをじっと眺めて言った。

「束原さんには、赤い糸がない」

「……え? 赤い糸?」

「そう。糸には、さまざまな色があるんだ。赤い糸は、その人の恋愛感情を表している。両想いであれば、糸は端から端まで、すべて赤い。片思いであれば、相手側につながる部分、つまり糸の半分は赤くない。わかりやすいだろう」

 なんだそれ! 確かに分かりやすいけど、なんだかめちゃめちゃ単純じゃない?

「長日部君、そんなのが日常的に見えてるってこと?」

「そうだよ。慣れるものさ。束原さんは珍しいよ、クラスの女子はたいてい赤い糸を持ってる。複数ある人さえいるよ」

『へえ、なるほどなあ。男には興味なしってか、もったいない』

 ヤシロさんの言葉に、わたしは咳ばらいをする。

「とにかくわたしは必要ありません。別の人を考えましょう」

「そうは言ってもなあ。こいつの交友関係の狭さは恐ろしいほどだからな。他に知り合いとなると……、あ、あいつはどうだ?」

 小鬼がぴっと人指し指を立てた。

「中学のとき、やたらとおまいの世話を焼いてた……ええと、なんて名前だったっけ」

『……タカセか?』

 ヤシロさんが静かに言った。

「そうそう、タカセ・ハルカ。いい子だったし、おまいもやりやすいだろ? とりあえず彼氏がいるかどうか調べ……」

『やだね』

 それは、刺すように鋭い声だった。

『死んでもお断りだ』

「死んでもって……もう死んでるじゃない」

 思わず言ったわたしに、ヤシロさんは「アホ!」と叫んだ。

『とにかく、それだけはごめんだからな。やるならおまえらだけでやれよ』

 そう言うと、ヤシロさんはふわりと浮かび上がり、わたしたちを見下ろした。

『悪いが、あいつの縁結びをしなきゃいけないくらいなら永遠にさまよってたほうがマシだ』

「なっ……おい、ふざけるな!」

 小鬼が叫ぶと同時に、ヤシロさんは窓の外へと消えていってしまった。

「……一体、どうなってるんだ?」

 長日部君はそう言って、困惑した様子でわたしを見た。

 それは正直、こっちが聞きたい。

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