7 暴走男子

 長日部君を、縁結びに巻き込む?

「奴の糸が見える能力は、縁結びに役立つだろ?」

 小鬼が言う。

 言われてみれば、確かにその通りかも。

『まじかよ。やるの? 縁結び……』

 ヤシロさんが思いっきり嫌そうな顔をして言う。

「おまい、成仏できなくなってもいいのか? それにこれは、エマを救うためでもあるんだぞ」

『……あー、もう。それ言われたら、やるしかねえだろ』

 ヤシロさんは、しぶしぶとそう言った。

 でも、縁結びはいいとして、あの変人を仲間に加えるっていうのは……どうなんだろう。

 悪霊の存在を信じているくらいだから、小鬼の話もすんなり信じてくれるかもしれないけれど……なんというか、ただでさえ「普通」からかけ離れているこの状況が、さらにおかしなことになる気がしてならない。

「とりあえず、話はエマの家でしよう。ヤシロ、おまいは奴に気配を察知されると面倒だから、離れてついて来るんだ」

『……はあー。面倒くせえなあ』

 ヤシロさんはため息とともにそう言うと、ばびゅんと空高く飛び上がり、あっという間に見えなくなった。無駄に速い。

(大丈夫かなぁ……不安しかない……)

 もやもやした気持ちを引きずりながら神社を出ると、長日部君がさっそうとわたしの自転車にまたがっていた。

「え、何してるの?」

「さあ、後ろに乗って。そのほうが安全で、早い」

 ……はい?

「いや、それわたしの自転車だし、二人乗りとかしてたら目立つし、そもそも法律で禁止されてるよね?」

「今は道路交通規則を守ることよりも、束原さんを守ることのほうが大事だ」

 何だそれ。うまいこと言ったつもりか。

 わたしは、すぐ隣で空中に浮かんでいる小鬼をちらりと見やった。小鬼はすぐさま「乗れよ」と荷台を指さす。えらそうに……。

 はあ。こうなったら、しかたがない。

 わたしは細く息をついてから、荷台に腰かけた。


  *


 思えば、男の子を部屋に入れるなんて初めてじゃなかろうか。

 どこに座ってもらえばいいのか考えていると、部屋を見回していた長日部君が言った。

「正体がわかったよ」

「え? 正体?」

 きょとんとするわたしに、長日部君はうなずく。

「君にとり憑いている不穏なものの正体。ネズミ霊だ」

「ね……」

 ネズミ?

「ぶほっ」

 部屋に入ってきたばかりの小鬼が、顔を真っ赤にして噴き出した。

『ん? 何だ? どうした?』

 遅れて部屋に入って来たヤシロさんが言う。もちろんヤシロさんの姿も声も、長日部君は認識できていない。

 ネズミ、かあ……。言われてみれば確かにヤシロさんは、性質的にはネズミに似ていると言えなくもない、かもしれない。影のある雰囲気とか、暗い所にひっそりと隠れて暮らしていそうなところとか。

「今、ここにいるね。気配を感じるよ」

 長日部君は続ける。確かに、あなたのすぐ後ろにいます。人指し指を角に見立てて、長日部君の頭から生やして遊んでいます。

「ネズミ霊にとりつかれると嫌味な性格になるうえ、不潔な環境を好むようになる。まずは場を清めるため、塩をまかせてもらうよ」

 そう言うと長日部君は、制服の内ポケットから塩の小袋を取り出した。

 と、その瞬間、小鬼が飛び上がって叫んだ。

「だめだ! 塩をまかれたら、しばらくの間ヤシロがここに来られなくなる! エマ、止めるんだ!」

 え、塩ってそんな効果があるの? ていうかその塩の小袋、いつも持ち歩いてるわけ?

 そんなことを思いながらも、わたしはあわてて暴走オカルトマニアを止めた。

「長日部君、やめて!」

「大丈夫。明日掃除に来るから」

 長日部君は、わたしにかまわず塩の小袋に手をかけた。よく見るとお清めの塩ではなく、「はかたの塩」と書いてある。それで大丈夫なんだろうか。

「いや、そういうことじゃなくて。あのね、それ、必要ないの」

「必要はあるよ。現に僕は今、あまりいい気分じゃない。ネズミ霊による悪影響だ」

 そりゃ、頭から人指し指が生えてたらいい気分はしないよね。

 そんなことを思う間にも、長日部君の動きは止まらなかった。小袋を開け、わたしの部屋に調味料をまき散らそうとしている。

「ちょっと、いい加減こっちの話を聞いて! 今ここにいるのは、ネズミ霊じゃないの。隣に住んでた、高校生の霊なの」

 長日部君は、一瞬動きを止めた。その背後から『ん? おれ?』とヤシロさんがアホ面をのぞかせる。

「……高校生?」

 つぶやくように言った長日部君に、わたしはうなずく。

「そう。ヤシロさんっていうの」

 それを聞いた長日部君は、静かに口を引き結んだ。そうして、何かを考えるようにうつむく。

 しばらくすると、彼はゆっくりと視線を上げた。切れ長の目が、まっすぐにわたしをとらえる。

「詳しい話を、聞かせてくれないかな」

 わたしは長日部君に、ヤシロさんの死から、小鬼のこと、三途の川の渡り賃のこと、徳貯金のシステム、縁結びの計画など、一通りの説明をした。

「――なるほど」

 話し終えると、長日部君は大きくひとつうなずいた。

「そのヤシロというのが、この気配の主の名前なんだね。ネズミと間違えたのは申し訳なかった」

『……ネズミと?』

 ヤシロさんが固まる。ようやく自分がネズミ霊だと思われていたことに気づいたらしい。怒りよりも驚きのほうが大きいのか、口を開けたままフリーズしている。

「ここにはヤシロのほかに、その小鬼とやらもいるの?」

「ああ、うん。いるよ、そこに」

 わたしは長日部君の頭の上に浮かぶ小鬼を指さした。長日部君は、びくっと身を縮める。

「ヤシロさんの気配はわかっても、小鬼のことはわからないの?」

「ああ。もともと僕の霊感はそこまで強くないしね」

「じゃあ、わたしの話、信じられない?」

 厳しい答えが来ても持ちこたえられるように、覚悟しながらじっと長日部君の答えを待つ。

「いや、信じるよ」

「え?」

 あまりにもあっさりとした答えに、わたしはぽかんと長日部君を見上げた。

「どうして? ばかな話って、思わない?」

「思わないよ。徳貯金に、三途の川……川を渡るのにそんなシステムがあるなんて知らなかったけど、じゅうぶん納得できる話だ。それに、真面目な束原さんがこんな突拍子もない作り話をするとは思えないからね」

「真面目……」

 なるほど。やっぱりそういうイメージなんだ、わたし。

 そうだよね。テストの点数もいいし、生徒会選挙でも会長に推薦されるし(面倒だから断ったけど)、先生からだって期待されている。

 優等生っていう肩書きも、たまには役に立つものだ。

 長日部君が信じてくれたことに、わたしはどこかほっとしていた。思っていたほど、頑固な人ではなかったようだ。

「エマ、長日部に縁結びの協力を頼むんだ」

 小鬼が言う。するとほとんど同時に長日部君も口を開いた。

「その、小鬼っていうのと、直接話すことはできないのかな? いろいろと確かめたいことがある」

「ちょ、直接?」

 つまり、小鬼の姿を長日部君にも見えるようにする……ってこと?

 わたしと目が合った小鬼は、あわてて首を振った。

「そりゃだめだ! 許可をとる前にそんなことしたら、減給処分になっちまう! エマが通訳すればいいだけの話だろう!」

 確かにそうだけど、それってちょっと、いやだいぶまどろっこしい。

「べつにいいんじゃない? そもそもわたしには姿を見せてるじゃない」

「おいらの姿をエマに見せているのは、それがヤシロの成仏に必要なことだからだ!」

「それは長日部君にしたって同じことなんじゃないの? ヤシロさんの成仏には長日部君の協力が必要だって判断したの、自分じゃない」

「ぐっ……!」

 小鬼が顔をゆがめた。すると黙っていたヤシロさんがふわりとベッドの上に移動し、あおむけになった。

『いいんじゃねえの? そのほうが時間の節約にもなるし、そもそも徳貯金だの渡り賃だのの話をしちまった時点で、似たようなもんだろ。今更姿を見せるのをしぶったところで、処分は免れないんじゃね?』

「そ、そう言われてみれば……!」

 小鬼の顔がさっと青ざめる。確かにそうだ。わたしも長日部君に説明しているとき、こんなにいろいろ話してしまっていいんだろうか、と心の中で小鬼に問いかけてはいたのだ。何も反応がなかったから、最後まで話してしまったけれど。

「……はぁ。わかったよ。事後報告になるが、しょうがない」

 小鬼はそう言った途端、長日部君が「うわっ!」と叫んだ。

「こ、これは……!?」

「おいらが小鬼だ。ヤシロの成仏、協力してもらうぞ」

 どうやら、小鬼が長日部君に姿を見せたらしい。

 長日部君は目を見開いて小鬼を見つめ、数歩後ずさった。

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