6 運命の糸
「……へ?」
いきなりの発言にとまどうわたしにかまわず、長日部君は続けた。
「君はどうも、よくないものに
やっぱり、尾行してたのか。アヤシイやつめ。
それよりも、「よくないもの」というのはヤシロさんのことを言っているんだろうか。さっき「悪霊」とか、「魔除け」とか言ってたし。
もしそうなら、大きなお世話だ。ヤシロさんを手助けすることは、わたしの運命に関わることなのだ。ジャマされるわけにはいかない。
「いや、べつにわたしだいじょ……」
「水晶をかざしたら気配がなくなった。やはり憑かれていたんだ。でもまだ安心はできない。さっき何か会話をしていただろう? そのことは覚えてる?」
どうもこの人は、人の話を聞かないタイプらしい。わたしはあわてて言う。
「ちょっと待って。いっぺんにいろいろ言われても……」
「ああ、ごめん。自己紹介が遅れたね。僕は比良坂中学二年二組の長日部流。君は束原エマさんだよね? 三組の」
「あ、それ! なんでわたしの名前、知ってるの?」
「去年、束原さんの作文がコンクールで賞を取っただろう。校内新聞に写真つきで載ったじゃないか」
あ……ああー、確かに、そういうこともありましたね。
変人ではあるけれど、どうやらストーカーではないらしい。ちょっとだけ、ほっとする。
「じゃあ、今朝わたしを見てたのって、その……『よくないもの』が見えたから?」
「気づいていたのか。そうだよ、その通りだ」
あれだけじっと見ておきながら、気づかれていないと思ってるのもすごい。
「ゴホン!」
わたしは、少しわざとらしい咳ばらいをしてから言った。
「あのね、長日部君。あなたがその……悪霊、とかの存在を信じるのは自由だけど、わたしはまったく信じてないの。だから、わたしは大丈夫! 何の問題もないから。さっき話し声を聞いたとか言ってたけど、それはきっと幻聴じゃないかな。早く帰って休んだ方がいいよ」
「いや、確かにこの耳で聞いた。間違いない。それに」
長日部君は真剣な顔つきでわたしの頭を見た。
「その糸が何よりの証拠だよ。今までいろいろな糸を見てきたけど、こんなのは初めてだ。明らかに普通じゃない」
まただ。学校の駐輪場でも言われた、謎の言葉。
「あの、その糸って一体何なの? 何もないと思うんだけど」
わたしは確認のために頭に手を置く。やっぱり、何もない。
「僕は、生まれつき見えるんだ。人の縁の糸が」
「……縁?」
「運命の人とは赤い糸で結ばれている、なんて言うだろう。あれに近いことだよ。その人の持つさまざまな縁が、糸の形で目に見えるんだ。頭とか肩とか腕、いろいろなところから糸が出ている。その先は見えないけれど、誰かとつながっていることは確かだ。切れた糸はそれ自体が消えて見えなくなるからね」
……えーと。
ちょっと、何を言っているのか、よくわからないんですけど。
「それ、幻覚じゃないの?」
「違う。僕の祖母も同じように見えるんだ。糸のことは祖母から教わった。僕は見えるだけだけど、祖母は糸を結んだり切ったりすることもできる。まあ、それはめったにやらなかったらしいけどね」
……頭が、くらくらしてくる。
昨日からの未知との遭遇は一体何なのだろう。幽霊に小鬼、おまけに糸が見えるらしい変人。
ちょっと、勘弁してほしい。これがドッキリなら、早めにネタばらしをしてほしいところだ。
「今朝、君の頭におかしな糸が見えた。まるで天とつながってるようにまっすぐ上に伸びている。それに色もおかしい。見たことのない色だ。今はグレー……いや、やっぱり虹色に光っているようにも見える。不思議だ」
長日部君はわたしの周囲をぐるぐると回ってその糸とやらを観察しているらしかった。
わかった。信じよう。もしおかしな糸とやらが本当にわたしについているのなら、それはヤシロさんとの縁を表す糸だろう。何しろ幽霊との縁なのだから、長日部君が今まで見たことがないと言うのもうなずける。うなずけてしまう。
それに何より、小鬼が言ってたじゃないか。わたしとヤシロさんの間には、特別な「縁」ができてしまっていると。
「さっき感じた気配……あれはおそらく悪霊のものだよ。人間というよりは動物に近い感じがしたけど、詳しいことはわからなかったな」
長日部君は、制服のポケットから白いハンカチを取り出して水晶を包みながら言った。動物って。ヤシロさんが聞いたらさぞかし怒ることだろう。
「これ、あげるよ」
長日部君はハンカチの包みを差し出した。その勢いに、思わず受け取ってしまう。
「水晶? でも……」
「今から束原さんの家に行ってもいいかな?」
「え?」
突然の言葉に、呆然としてしまう。さっきからこの人にはペースを乱されてばかりだ。
「なんで……」
「気配は消えたけど、家に居場所を作っている可能性もあるからね。
「祓う? それって、存在を消しちゃうってこと?」
「いや、消しはしない。くっついているものをはがすイメージだよ。もちろんまたくっつくことのないように、お
お、お札!?
まずい。長日部君がどの程度の知識と力を持っているのかわからないけれども、ヤシロさんが祓われてしまったら、もう会えなくなってしまんじゃないだろうか。
それは困る。ヤシロさんを成仏させなければ、わたしも成仏できなくなってしまうんだから!
「善は急げだ、さあ行こう」
長日部君は、どこまでも強引だ。どうしよう。どうすればいい。
返事ができずにまごついていると、耳元で声がした。
「やっかいだな、あいつは」
小鬼だった。
「ちょっと、今までどこに……」
小声で言う。長日部君を見ると、わたしがついてくると思ったのか、すでに神社の入り口にある鳥居に向かって歩いている。距離があるから、わたしの小声には気づいてはいない。いや、小鬼は心が読めるのだから、しゃべる必要はないのだ。
「ヤシロだけじゃなくおいらの存在までかぎつけられると面倒だと思ってな。空に逃げた。なあ、おまいさん自分のハンカチ持ってるだろ?」
聞かれてわたしはうなずく。
「奴にもらった水晶を、おまいさんのハンカチで包み直すんだ」
え? なんで?
「とにかくそうしてくれ。でないとヤシロが合流できない」
よくわからないけれど、わたしは言われた通りにスカートのポケットからハンカチを出し、水晶を包み直した。
「よし。それで水晶の主人はエマになった。エマがヤシロを害と認識しない限り、さっきのようなことは起こらない」
小鬼が言ったと同時に、ひゅるりと小さなつむじ風が起こった。そうして次の瞬間にはヤシロさんの姿になっていた。
『ああ、やっと来れた。まったく何なんだあいつは! 人を悪霊呼ばわりしやがって』
「あいつにとっては悪霊で、祓わなきゃいけない存在だったんだ。その意志を水晶が汲んだんだよ。本来水晶は主人に忠実な石だから、人に譲るのはご法度なんだけど、あいつはそれを知らなかったらしいな。まあ幸いだった。新しい水晶を持ってこられるとやっかいだが、エマの水晶が強力であれば問題ない。これからは、風呂のとき以外は肌身離さず持ってるようにしてくれよ。そうすることで水晶は強くなる」
なるほど。ヤシロさんが悪霊ではなかったということに、ひとまず安心する。
水晶については少し面倒だけど、一応小鬼の言うことに従っておいたほうがよさそうだ。
「しかし、あいつが糸が見える能力者とはな」
小鬼が言った。
『糸? 糸って?』
急激に移動したせいか、ふらつきながらヤシロさんが言う。小鬼は簡単に説明した。
『なんだそりゃ。一度病院で目の検査をしたほうがいいな。いや、頭の検査か?』
「あいにくだがあれは全部本当だよ。そういう能力を持つ家系があることは知っていたが、まさかこんなに近くにいるとはな」
小鬼がため息をつく。
じゃあやっぱり長日部君の言っていた「糸」は、本当にあるんだ。
糸が見える能力者……。ただのオカルトマニアの変人ではなかったってわけか。
それにしても、人の縁が糸でつながっているなんて、なんだか不思議だ。
「本当に糸がくっついてるわけじゃない。ただ、人の持つさまざまな縁が、奴らには糸の形で見えるってだけのことだ」
小鬼がそう言ったとき、鳥居のむこうから声がした。長日部君がわたしの自転車を引いて立っている。
「束原さん。早くおいでよ」
「あ……えーっと」
ちらりと小鬼を見る。
小鬼は苦い顔をしたが、すぐにため息をついて言った。
「仕方ない、許可を取れば済む話だからな……これも運命かもしれない。縁結びに、あいつを巻き込もう」
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