第6章 第11話 謁見、そして
ジークが通されたのは城内の謁見室だった。
彼の正面、一段上がった先にある玉座にはヨツンヘイム王が深く腰掛け、傍らにはユミルが数歩の距離をおいて、王を守るように直立している。
ジークは片膝をついて部屋のほぼ中央にひざまずき、片手は膝に、もう片方の手は、真っ直ぐ下へと降ろされている。
彼に、縄はかけられていない。
だが、その白銀の剣は現在王の手元にあり、玉座に座る王を正面に、壁の左右には各々に杖を構えた魔法兵たちが整列している。
魔法兵たちが自身の正面に立てて構える杖の先には、すでに攻撃魔法の印が浮かんでおり、ジークが少しでもおかしなまねをしようものなら、彼らの魔法は即座に放たれ、この場でジークが『処刑』されるであろうことは誰にも容易に想像がついた。
シアルヴィとフィアナは謁見室の扉のそばで、この様子をただ、見ていることしかできなかった。
フィアナは不安を隠しきれぬ様子で、シアルヴィに脇からぴたりとくっついたまま、祈るように両手を、胸の前で合わせている。
シアルヴィは唇を結んだまま、王の正面でひざまずくジークの背中を、ただ真っ直ぐに見据えている。
やがて、王は静かに口を開く。
「顔を上げよ。」
ジークは片膝と片手を床につけたまま、静かに王と視線を合わせる。
「あの日、ヨツンヘイム平原でわが兵たちを殺めたのはそなたであると聞かされている。それはまことか。」
「そのとおりです。」
「そなたは、何者だ。」
「
「――魔族だと?」
彼らを取り巻く魔法兵に、動揺が広がっていくのがわかる。
王は信じられない、というふうにわずかに首をかしげている。
今までこの国を襲ってきた魔族――魔物と呼ばれていたものは、およそ人とは似つかない、獣のような、あるいは怪物のような姿をしたものばかりだった。
だが今、王の目の前にいる青年は、耳こそとがっているものの、ほぼ人と変わらない容姿を持つ、美しくさえある若者なのだ。
「失礼します。」
ジークは床から手をはなし、片膝をついた姿勢のままで背筋を伸ばす。
左右の魔法兵がどよめき、立てられていた魔法の杖の先端が、一斉にジークへと向かい、構えられる。
ジークは横目でそれを確認してから、おもむろに両目を閉じ、それを開くとともに、自身の背中に翼を広げる。
生じた風に居合わせた者はみな各々の反応を示し、そして再度青年へと視線を投げかけるとともに、その背の、白い翼に目を奪われる。
「おお……」
感嘆にも似た声が周囲から漏れる。
王にしてもまた、その目は大きく見開かれ、口は締まりなく開かれていた。
「ご覧の、とおりです。」
ジークの声に我に返ったように、王は元の表情に戻り、やがて傍らに立つユミルを見ると、手招きして彼を呼び寄せる。
王とユミルは顔を寄せ合い、耳打ちするように小さな声でしばらく何かを話し合っている。
やがてユミルは王から離れ、元の位置へと戻ると、先程と同じように姿勢を正す。
王は自身の掛ける玉座の脇へと右手を延ばし、立てかけられていた白銀の剣をその手で握り、腰を上げる。
思わず前に出ようとするシアルヴィを、フィアナが腕を掴み、引き止める。
ジークは運命を受け入れたように、頭を垂れると、両目を閉じる。
王はジークへ向かって歩みを進め、彼からわずかに数歩という位置で足を止める。小さく響いた音とともに、ジークの肩に冷たい剣の
王が握る剣の側面、平らな部分が、目を閉じたままの彼の、右の肩へと乗せられていた。
このまま刃を、首に触れるようにして引かれれば、それで全ては終了する。
果たしたかった使命も、旧友との再会も果たせぬまま。
だが、それでもジークは身じろぎ一つしないまま、目を閉じたままのその表情は、むしろ穏やかでさえあった。
だが、どれほど待とうと、王の握る白銀の剣に動きはない。
やがて、ゆっくりと顔を上げたジークと、眼前の王との視線が交わる。
王は感情を読ませぬ表情で、剣を青年の肩へとあてたまま、彼へ向かって判決を下す。
「貴公はこれより、残る生の全てを、人とともに生き、人のために使うがいい。そして、人にあだなすすべてのものを、その剣によって打ち払うがいい。
――それが、我がヨツンヘイムが貴公へと下す罰である!」
おお、という声が再び彼らの周囲から上がる。
「そなたが我が兵たちを殺めたというのは事実なのだろう。だが、この度そなたらが我が王国を救ったということも、ユミルによって聞き及んでいる。」
そして王はジークの右肩から剣を離すと、剣の
「貴公の剣だ。受け取るがいい。」
ジークはひざまずいたまま、差し出された剣を両手で受け取る。
周囲の歓声が大きく響く。
ジークの『処刑』が免れたことに安堵したのか、フィアナは胸をなでおろす。
だが、シアルヴィはそうではない。彼は自身の胸へと片手を当て、そして衣服ごと、心臓を掴むかのように爪を立てる。
「なんという、厳しい罰を与えるんだ――!」
シアルヴィの声は小さく漏れる。
おそらくはこの場に居合わせる誰しもが――それを与えた王でさえも、その残酷性には気づいていない。
ジークは魔族だ。人ではない。
だが、この制約が彼を縛る限り、ジークは魔族と戦い続けなければならない。
人にあだなすものを排除するよう定めづけられた剣で、彼は戦い続けるしかない。
魔族が人を襲い続ける以上、彼らへの同情や譲歩は許されない。
その判決という罰がある限り、もはや彼が『魔族』へと戻ることは許されないのだ。
「ジーク……」
シアルヴィは小さく友の名を呼ぶ。
しかし謁見室に轟く歓声の中、シアルヴィの声はただ、かき消されていくだけだった。
やがて、
「ユミル。」
王は傍らに立つ側近を呼ぶ。
ユミルが王へと向き直ると、王は静かに彼へと告げる。
「この者たちを、例の場所へと案内するように。」
王命を受け、ユミルは「は」という声とともに自身の拳を胸に当てると、王へと向かって頭を下げる。
ややあって、顔を上げたユミルは彼らの客人へと視線を移す。その顔には穏やかな笑みがたたえられていた。
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