第5章 第3話 一条の閃光
ヨツンヘイムの砦をあとに、彼らは岩山に挟まれた街道を北へと歩みを進めていた。
ついてくる足音が聞こえなくなったことに気づき、シアルヴィがふと後ろを見返す。
馬を引くシアルヴィの後ろで視線を大地へと落としたまま、ジークの足は止められていた。
「すみません……ぼくのせいで……」
シアルヴィがジークの元へと歩みより、優しく彼の肩へと触れる。
ジークが顔を上げ、恐れた目のまま相手を見上げる。優しい笑みを浮かべた表情。
かけられる言葉がなくとも、いつもと変わらぬその表情に、ジークは自身の心の闇がわずかながら晴れていくような、そんな感覚を抱いていた。
――そうだ、この人も――
ジークは、はたと気づいた。
目の前の相手――シアルヴィもまた、口に出せない過去を抱きながら、それは誰にも語られぬまま、何年もその身の内に秘められてきた。
だが、それは語られた。自分だけには。
――この人になら、話すことができる。ぼくが、あの場所で目にしたものすべて――
「シアルヴィさん、実は――」
だがジークが言葉を発しようとしたその直後、シアルヴィは小さく手を上げてそれを制し、その視線を高い位置、今彼らのいる街道を見下ろすような、両側の崖の高さへと走らせていた。
そして顔を下げ目を閉じると神経を集中し、辺りを包囲している不穏な空気の正体を探る。
自分たちの周囲は囲まれている。おそらくは魔法兵。数は二、三十といったところか。
「ジーク。」
シアルヴィは友の名を呼びその手を取ると、合図で馬に乗るようにと促す。
「すまない、少し我慢してくれ。」
ジークが乗ったことを確認してから馬の首を軽く叩くと、自らもその後ろに静かにまたがる。
そのまま馬と呼吸を合わせるように数呼吸。
やがて短く声を発し、馬の腹へと合図を送る。
直後、それまで彼らのいた位置には無数の雷撃が降り注いでいた。
「えっ――ええっ!」
事態が飲み込めず振り向こうとするジークに、後ろに座るシアルヴィが声をかける。
「後ろを向くな。速度が落ちる。」
ジークがあわてて正面を向く。
「魔法兵だ。我々を追ってきたらしい。――どこまでも、我々を敵だと認識しているつもりらしいな。」
「――!」
ジークには馬術の経験はない。
駆け抜ける馬の首とシアルヴィの間に挟まれ震えている理由は、この状況に対する恐怖か、それとも彼が目にしたであろうあの平原での事実によるものか。
そして、もしも遮らなければ、彼は何を言おうとしていた。
直後、真横で雷撃がはじけ、驚いた馬が跳ね上がり、そして大きくバランスを崩す。
「大丈夫だ、落ち着け!」
シアルヴィが言って手綱を引き、そのまま走らせることには成功するが、馬の息はすでに大きく上がっている。
体躯に恵まれたこの軍馬も、長い距離の移動と背に乗せた二人分の体重に、力の限界は近づいていた。
魔法兵が振り切れる気配はない。
その理由などここで考えたところで答えは出ない。
だがそれはこのまま走り続けたところで、来たるべき結果が良いものではないということを、彼らに教えていたのだった。
「――ジーク。」
優しく友の名前を呼び、シアルヴィが手にした手綱の一部をジークの手へと握りこませる。
「このまま、まっすぐに走れ。おそらく、日暮れ前にはミーズに着ける。」
「え……?」
ざわり、とジークの思考に予感が走る。
「大丈夫だ。君一人なら、アールヴの民も受け入れてくれる。……今まで、巻き込んですまなかった。」
――いやだ――!
言葉にならず、ジークは首を左右に振る。
――前にも――
「――行け。」
――前にもたしか――
「シアルヴィさん!」
ジークの叫びは間に合わず、わずかに足に感じた衝撃とともに、シアルヴィの体が馬から落ちる。
馬の駆ける速度が上がり、彼の姿が遠く、消えようとする。
「――戻れ!戻れえっ!」
慣れない手綱を懸命に引き、暴れながらもどうにか振り返らせた馬を再び友の元へと駆け出させる。
――もう、二度と――
落馬した姿勢のままのシアルヴィが見え、ジークは懸命に片手を伸ばす。
――もう二度と、失いたくない――!
だが直後、一条の閃光は彼の真上より降り注ぎ、シアルヴィの手を取ることもないまま暗転していく意識の中、彼は、自身が落下する感覚を感じ取っていた。
「――ジーク!」
シアルヴィが叫ぶ。
だが伸ばした手のわずかに先で、友の身体は魔弾に撃たれる。
ジークの手が一瞬、何かをつかもうとするかのように宙をかいた。
そのまま、馬の慣性のまま脇を駆け抜け、追うように振り向いたシアルヴィのはるか彼方で大地へ落ちる。
乗り手を失った馬がさらに先へと駆け抜けていく。
シアルヴィが即座に行動を起こす。
だがすぐに駆け寄った彼よりも先に友の周囲は、風魔法を伴って現れた魔法兵により囲まれていた。
足を止めたシアルヴィのその周囲に、さらに数人の魔法兵が風をまとって降下してくる。
魔法兵の一人が言葉をかける。
シアルヴィがゆっくりと目を閉じ、再び開いてから言葉を返す。
それに対し相手は肯定の言葉を伝え、それを受けて彼は静かに、腰の剣へと手をかけるのだった。
剣帯からその双剣を鞘ごと外す。
愛おしむようにそれを顔の前へとやり、瞳をゆっくりと閉じると柄の部分を額へと当て、やがて静かに大地へとそれを降ろすと、正面を見据えたまま、数歩、下がる。
――お別れだ、ジーク――
魔法の韻が重なって聞こえる。
自身に起こるであろう現実を理解し、それでも大地に横たわる瞳を閉じた友へと、彼は微笑んで見せたのだった。
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