第4章 第2話 帝都の青年

「――おい!どこにいる!」

帝都の城、その広間にはウトガルドの叫びが響き渡る。

 数人の兵士たちがその様子に驚きの目を向けるが、相手がそちらへ顔を向けようとすれば、それと同時にすばやく背を向け、あわてて視線をそらそうとする。


「おい、お前らの将軍は何処にいる!」

その様子がさらに彼の感情を逆なでしたのだろう。

 怒りの将軍は手近にいた一人の兵士の胸ぐらをつかみ、今にも殴りかかるような勢いでくってかかる。

 おびえた目をしつつ何とかなだめようとする兵士。そのときだった。


「僕なら、ここにいます。」

階上から姿を見せたのは、一人の青年だった。

「兵士たちに危害を加えるのはやめておいていただけますか。」

落ち着いた口調ながらもその目に威嚇を込めた青年の姿に、ウトガルドは一瞥をやってから、興味もなさげにつかんでいた兵士を解放する。


 兵士はそのまま数歩よろめくが、立ち直るとすぐ青年のほうへ目をやり、その目に何かを感じ取るとすぐに歩調はすばやく、二人のそばを立ち去っていく。

 それに気づき、後を追うように周りの兵士たちもまた次々と、青年の目線が示す方向へと彼らの周りを立ち去っていった。

 それは青年の目がそう告げていたため。

 つまりはそれだけ、兵士を従順化させるだけの技量がこの青年に存在することは明白だった。



「何の御用ですか?  よほど急ぎの用だったのでしょう。」

兵士たちの姿が見えなくなった後、青年は切り出した。

 すでに階段を下り、自分たちの間に十数歩の距離を置いてウトガルドと正面から向き合っている。

 年齢的には、成人したばかりのような若い青年。

 背中の中ほどまで伸ばされた黒髪を首の後ろでひとつにまとめ、まとっているのは金の縁取りに彩られた、漆黒の軍服。

 その胸元にはウトガルドと同じく金の階級章がつけられている。


「どういうつもりだ!  あの化け物たちは何だ!  貴様はわれわれの部隊まで巻き添えにするつもりか!」

相変わらず、ウドガルドは怒りを隠そうともしない。

 だがその問いに青年は答えを言おうとはせず、顔を下げると口元を抑え、かすかな笑い声を漏らす。


「なぜ笑う!」

「いえね、うれしいんです。僕の思索が、これほどまでにうまくいくとは思わなかったから。」

「思索だと!」

「あなたには説明しましたよね。瘴気のこと。」

「……魔界の物質だとか言っていたな。この国にいやがる魔物どもも、それがあるおかげで存在できているとか言っていたか。」

「そのとおりです。でも、その正体まではご存知ですか?」

かすかに目を細め、青年が再び微笑む。 すべてを見透かしたような目。冷たい微笑。


「魔族の源――言い換えるなら、魔族の存在できる理由そのもの――」

わずかな時をおいてなお答えられないウトガルドに、青年は冷たく言葉を放つ。


「人間が魔族化する瞬間は、あなたも見たでしょう。

 あなたに渡した『それ』が寄り代の意識を喰らい尽くし、そして肉体と融合したとき、そこに現れる存在。 それこそが現在、あなた方が魔族と呼ぶものの正体です。」

言っていることがわからないというようなウトガルドに、青年はさらに言葉を続ける。

「人間など及ばない力を持つ魔族であっても、この世界の環境は彼らにとって厳しすぎる。それゆえ彼らにはこの世界で活動するうえで、憑依の形態をとらねばならないものが多いのです。

 あの魔族の場合、かなりの上級魔族でしたからね。寄代にするにはやはり耐久性に恵まれた、生命ある存在がもっとも適している。

 下級魔族なら寄り代はむくろでも十分ですし、最悪、寄代がなくとも存在できるガスのようなものたちなら、一時的には作ることは可能ですからね。」

「ではあの骨の化け物どもは、あの町にあった墓地からでも生まれたというのか。

 だが材料は何だ。あのあたりにそのようなものなど、どこにもなかったぞ。」

「……あなたは、あの少女に取り憑いた魔族をどうしましたか?」

一瞬ウトガルドが言葉につまる。目線がわずかに宙を泳ぐ。

「斬ったのでしょう……?」

ウトガルドが唇を噛む。そのとおりだった。


 ウトガルドはもともと魔族に対しては嫌悪感を抱いていた。

 この青年を通しての、ひいては皇帝の命令であったからこそあのように魔族を利用することも行ったが、そのようなものとは少しでも一緒にいたくないというのが彼の本心にはあった。

 任務である『紅い死神』の処断を終えたからには、彼にはそれ以上、この汚らわしい生き物がともにいることなど許せない状態になっていた。


「上級魔族であるほど、構成にはより多くの瘴気が必要とされます。 寄り代が破壊されれば内側にあった瘴気はそのあたりに撒き散らされる。

 同じ姿を持って再び再構築されることは難しくとも、下級魔族なら大量に作られるほどの質の高い瘴気の持ち主であったんですよ。

 あのアルスター周辺には広大な墓地が存在していた。寄り代はいくらでも眠っていた。そう、大地の下にね。」


「待て! 言っている意味がよくわからん。瘴気とかいうのは本当にただの物質なのか。われわれの言う魂というものと一体何が違うというのだ!」

「あなたにもやがてわかりますよ。 魔族は、あなた方が思っているほど単純な生命ではない。」


 若い将軍は歩みを進め、ウトガルドのそばへと近づく。

 先ほど彼がいた階段からの二人の距離が等しくなる。

 だが、視線の向きを逆にして自身の真横にいる青年の表情は、ウトガルドからはほとんど見ることができない。

 青年が口元にわずかに笑みを浮かべる。

「……こちらへと向かっているようですね。」


あわててウトガルドが一歩引き、青年の顔を見やる。

「『紅い死神』、生きていたようです。」

「……!」

生きているはずはないと思いながらも、この青年が言うとそれはまこととしか思えなくなる。


「悪趣味なのは結構ですが、任務遂行ぐらいはきちんとされておいたほうがいい。

 これで二度目でしょう? あなたが『死神』を仕留めそこなったのは。」

「貴様、何を知っている!」

「ご心配なく。まだ方法はいくつも残されています。

 まだ試したい方法はいくつもありますし、もう少しは時間も必要だ。

 あなたにも、まだ役に立てる機会は残されていますよ。」

言って青年は、その手をウトガルドの肩へと押し当てる。

 黒髪の下の赤い瞳が、一瞬その輝きを増して見えた。

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