第3章 第8話 処刑命令

「どういうつもりだ。あろうことか、味方へ剣を向け斬り倒そうとは!」

帝国本国へと戻ったシアルヴィは、皇帝の前へとひざまずいていた。

 皇帝の左右はそれぞれウトガルド将軍、ヘイムダル将軍により固められ、ウトガルドはそれまでの不満をぶつけるがごとくシアルヴィを罵倒し続けていた。


「もうこの戦争に意味はありません。彼らに戦う力は残されていない――降伏させるのです。 これ以上戦っても、無駄な死人を増やすだけです。」

「……『紅い死神』。よもやお前の口からそのような言葉を聞くことになろうとはな。 いままで殺戮を繰り返してきたのは、ほかならぬお前自身だろう。

 ……何があった。何がためにわが部隊に剣を向け、その生命を奪ったというのだ。」

答える皇帝にシアルヴィは首を横へと振った。

「私にはもう、戦う理由がありません。」


「……まあよい。」

しばらくの沈黙の後、皇帝は口を開いた。

「いずれにせよヒミンビョルグを落としたことは評価されるべきことだ。

 約束どおり、お前を将軍に命じる。……明日を楽しみにしていることだ。」

「まさか、皇帝閣下!  将軍になさるおつもりですか。かような反逆者を!」

抗議を唱えるウトガルドに目をあわそうともせず、皇帝は王座から腰をあげる。

「お待ちください!皇帝!」

シアルヴィの叫びももはや皇帝には届かない。

 背を向けた君主はそのまま背後の垂れ幕の後ろへと消える。

 再びうなだれたシアルヴィを、ウトガルドはただ恨めしげに見つめていた。



 その夜だった。 シアルヴィは一人、帝都の外にいた。

 山岳地帯に位置し西には巨大湖、そして北に海を臨む帝都は、月の明かりに照らされ、冷たく光を放っていた。

「私は何のために戦ってきたのだ―― 将軍の地位など必要ない――私に、必要なものは――」


 ふと、シアルヴィがかすかに顔を上げる。背後に感じる人の気配。

 だが彼には、少しの動揺も感じられない。

 相手のことを考えれば、こうなることの予想はついていた。


「ウトガルド将軍―― そんなところに隠れていないで、出てこられてはいかがですか。」

 振り向いたシアルヴィの後ろから現れたのは、やはりウトガルドだった。

 その顔には不満がありありと見て取れる。


「私が将軍に命じられることが気に入られないようですね。

 しかし闇討ちとは、やることが姑息だと思いませんか?」

「やかましい!  俺は前々から貴様が気に入らなかった!  少し人より剣の腕がいいからと陛下に取り入られやがって!

 しかも同胞へと剣を向けておきながら将軍に命じられるなど、決して認められることではないのだからな!」


そこまで言って周囲へ目を走らせ、威圧を込めた声で叫ぶ。

「おい、出て来い!」

 将軍命令を受け岩山の影から現れたのは、数十人にはなろうかという帝国の上級兵たちだった。

 上級兵、それは限られた兵たちのみ編入の許された特殊部隊であり、むろんその能力は一介の兵士たちとは比べものにならないほど高い。


 それでもシアルヴィは表情ひとつ変えなかった。

 ある程度実戦慣れしたものなら自分の周囲に巡らされた相手など、その姿が見えずともおおむねの人数と力量ぐらいは予測できる。

 心準備が出来ていたのなら、驚く必要も、おびえる必要もない。


「――驚かないとはいい度胸だな。いつまでその表情がもつか見ものではないか。

 『死神』とはいえ、これだけの上級兵を相手にして無事に済むはずはない。

 おとなしく、ここで斬られるんだな!」

「――仕方がありませんね――」

シアルヴィが剣へと手をかける。

 いくら自分が罪を犯したとはいえ、このような形で処断されるなど、納得のいくことではなかった。


その瞬間だった。


「あああっ――!」

虚空から一条の閃光が走り、彼の身体を雷撃が貫いていた。

「くっ――!」

こらえきれず大地へと両膝をつく。



「ヘイムダル――将軍――」

 痛みをこらえながら顔を上げたシアルヴィの視線の先にいるのは、帝国内でも無二といわれる魔法の使い手、魔将軍ヘイムダルだった。

 高台より唱えられた雷撃の魔法は寸分たがわず、確実に標的を捉えていた。


「……あれをまともに受けて、まだそれだけ動けるとはな。 さすがは『紅い死神』と言ったところか。」

「ヘイムダル! どういうつもりだ! 自分の獲物を横取りする気か!」

高台から語るヘイムダルにウトガルドが食ってかかる。

 だが怒りを向けられた老将軍はいつもと変わらぬ口調のまま、こう答えていた。

「ウトガルド。皇帝陛下からの命令だ。」


 そして一呼吸おき、彼は伝えた。

「――『紅い死神』に――処刑命令が出された――」


「――!」

言葉を失うシアルヴィ。

 ウトガルドの哄笑だけが、あたりに響き渡っていた。

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