第3章 第3話 逃れられぬ罪
「きっ貴様、鞘を――!」
ウトガルドの叫びが響く。
舞った鮮血はシアルヴィのものではなかった。
自身に爪が迫る瞬間、シアルヴィはその鞘で相手の頚部を、その右側から打ち据えていた。
やはり獣の声で悲鳴を上げるとそれは前方へとつんのめるが、それも一瞬。時間にしてごくわずかな間だった。
だがその間にもシアルヴィは次の行動を起こしていた。
すばやく身を反転しはじかれた剣をその手に取り戻すと、すぐに魔物へと向き直り、刃を左脇に抱えるように、右手に
できれば、今の一撃で倒れていてほしかった。
倒したくはない。 だが、それしかないのなら――
孤児院を、そしてこの少女を救う方法がそれしかないのなら――
自分の中にこみ上げてくる感情を、彼にはどうすることもできなかった。
これが自分の犯した罪への罰か―― だとすれば――あまりにも――――
魔物が再び彼へと迫る。彼もまた大地を蹴った。
繰り出される右の爪を柄頭ではらうようにしてくぐり、左の爪が迫るよりも速く、柄へと左手を添え、一気に振りぬこうとする。
しかし瞬間、獣の胴部に見えたものにその動きは停止し――直後、魔物の爪により、彼の腹部は貫かれていた。
――それは、少女エリアンの姿だった。
彼の刃に捉えられようとした魔物は瞬間、その表面に宿主の姿を押し出していた。
並の剣士なら、それでも振りぬいてしまうほどの間合いだったのだろう。
だが、彼の鋭すぎる反射神経は寸止めを可能にし、瞬間、彼の動きは完全に停止していた。
それこそが彼の最大の隙であり、それを見逃す魔物ではなかった。
魔物が爪を引く。
支えを失うように、シアルヴィの身体が大地へ崩れる。 周囲の土壌がみるみる赤く染められていく。
「甘いな……『紅い死神』……」
ウトガルドの声が、遠くに聞こえる。
「剣士として、その甘さは致命的だぞ。
七年前にも同じ理由から死を迎えることになったのを、貴様はもう忘れたのか?」
「…… ……」
「ん……? うるさい、と言いたかったのか?
まだ、そんな元気があるのだな。では……」
小さく風を切る音がし、喉元を冷たい感覚が通り過ぎるのが分かった。
「喉笛をかっ切った。すぐに死神が貴様を迎えに来るだろうよ。……心配するな。 貴様の愛するガキどもにも、すぐに後を追わせてやる。」
すでに朦朧とし始める意識の中で、その言葉の意味だけはすぐに理解できた。
――止めなければ、それだけは――!
動こうとするが、すでに身体に感覚はない。
「おい!火をかけろ!」
冷酷な命令が響く。
「生きていたらまた来い。 そのときこそ貴様に、われわれの真髄を見せてやれるのだからな。」
遠のいていく意識の中で、ウトガルドの哄笑だけがいつまでも耳に残っていた――
――帝国よ――
貴様らが何を考えているのかなど私にはわからない――
だが貴様らは私の、もっとも大切なものを奪っていった――
――『死神』になってやろう――望みどおりに――
貴様らのための『死神』ではない――
貴様らに滅びをもたらす『死神』として――!
あのあばら家をあとにして、すでにどれほど歩いただろう。彼はふと、先までいた町のほうを振り返り見る。
見下ろす丘のはてに見える、アルスターの町並み。
その瞬間だった。
響き渡る地響きと轟音。 アルスターの町に爆煙が立ち上っていた。
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