第7話 魔界で捕獲


「迷宮の魔物を数を増やす方法。

 つまり、他の魔物とも契約する方法は二つだよ」


 複製は肉体のみ。

 魂は複製できない為、同時に1匹までしか使えない。


 モモシスの従える魔物は合計12匹。

 リスポーンシステムは一度倒されると半日は復活しない。


 よって、魔物の数が全く足りていない。


 だから俺は、戦力を増強する方法をモモシスに聞いた。


「他の迷宮を攻略して悪魔を従えれば、その悪魔と契約している魔物が配下になるよ。

 それか、魔界に居る野良の魔物と契約するかだね」


「魔界ってのは、今から行けるのか?」


「一応ダンジョンの最奥は魔界に繋がってるよ」


「だったら、戦力補強の方法は一択だな」


「あ、でも人間は魔界には入れないよ。

 結界があるからね。

 だから、アリウスが行くなら複製で行かないと」


「分かった。スケルトンで行く」


 モモシスの配下で最強はやはりワイバーンだ。

 しかし、俺がワイバーンの中に入っても構造が違い過ぎて操れない。

 スケルトンの身体も何度か練習してやっと使える様になったのだ。


 だから、もっと人に近い魔物の身体が欲しい。

 ゴブリンは、体格が悪すぎて選択肢にすら入らなかった。


 迷宮は3つの階層に分けられる。

 まずは防衛階層。

 基本的に人間が入って来るのはここだ。


 2つめは、倉庫用の虚数空間。

 自浄作用によって吸収された物品が保管される。

 ハルのナイフや装備くらいしか今は入って居ない。

 後は、契約魔物本体の住居スペースも含まれる。


 そして、最奥……玉座の階層。

 悪魔用の宮殿。

 これは防衛階層の先に存在する。

 ここまで冒険者が入って来たらかなりピンチだ。


 魔界への入り口があるのは最後の玉座の階層。

 玉座の階層は、本当に玉座がある訳ではない。


 そこは質素な部屋で、巨大な魔石が一つ存在するだけ。

 その中には、モモシスの本当の身体が存在する。


 こうして迷宮と一体化する為に、悪魔自身は迷宮の外には出られない。

 故に、これを防衛する事が迷宮運営の最低条件である。


「それじゃあ行こっか」


 複製の方のモモシスがそう言いながら、本体の入った巨大水晶に触れる。


 その瞬間、水晶の一部に黒い穴が開いた。


 俺は既にスケルトンの身体に乗り移っている。

 本体は屋敷のベッドの上だ。


「あぁ」


 短く呟き、俺はその穴の中へ入った。


 人でありながら魔界に侵入した人間。

 それは、今までどれだけいるのだろうか。


 そんな疑問を抱いたが、無意味な問いだと飲み込んだ。


「――着いたよ」


 既に、そこは迷宮内では無かった。


 黒い空。

 枯れた大地。

 見た事も無い巨大な黒鳥が舞い、到る場所から魔物の気配を感じる。

 地獄と形容するに相応しき荒野。


「魔界は魔王が住む王宮を中心に七つの階層に別れているよ。

 バームクーヘンみたいな感じ」


「カカカ(なんだそれ?)」


「それで……」


 あぁ、喋れないんだった。


「今私たちが居るのはその一番外側。

 『幼級』っていう、一番弱い魔物が居る場所だよ。

 知能が殆どない魔物の巣窟で、常に戦いあってるの。

 それで、他の魔物を倒して進化した種族は『成級』になって、次の階層への通行が許されるんだよ」


 なるほどな。

 知能を持つサキュバス等と、逆に全く知的ではないスケルトンやゴブリンが共存できているのはこのシステムがあるからか。


 完全な上下関係が構築されている訳だ。


 今回魔界に来た理由は、魔物と契約してテイムする為。

 可能なら、俺の身体と成り得る強力な魔物も欲しい。

 しかしまずは数を揃える事が重要だ。


 ならば、幼級と呼ばれる最下級の魔物でも問題はない。


「魔物と契約する為に使われる手法は主に2つだよ」


 モモシスが人差し指と中指を立てて、俺に見せて来る。

 何となく察しはついた。


「自分より強い魔物には取引。

 自分より弱い魔物は、脅すのが簡単」


「カカカ(だろうな)」


 それじゃあ行くか。

 いいや、これは寧ろ。


「カ(来い)」


 って感じだ。


「うわっ!」


 地中から、大量の魔物が現れる。

 この階層では、全ての魔物が全ての魔物と敵対しているのだろう。


 しかし、同種の場合は群れを成している場合もあるらしい。


 だが、この数は……少し驚く。


 現れたのは、俺と同じスケルトン。

 数は100を軽く超えている。


 しかも、俺には分かる。


 この戦場を観察しているのが、何体か居る。

 恐らく別種。

 漁夫の利を狙っている訳か。


「一応、戦闘不能くらいに痛めつけてくれたら強制契約できるよ。

 でも、あんまり無理しなくても大丈夫だよ?」


 俺の影に隠れながら、モモシスは耳元で呟く。

 けれど、無理をする条件は全て揃っているだろう。

 今の俺は瀬戸際だ。ギリギリだ。


 そして、この身体は俺の身体ではない。

 どれだけ壊しても、また複製できる。


 モモシスから、予め現在の魔力徴収量の限界契約数は聞いている。

 契約しているだけなら、それほど魔力消費は無いらしい。

 日給換算でそいつの全魔力の1%。


 少し余裕を持って、空き容量は最下級魔物300体分。


「カカカ(全然足りないな、もっと湧き出せ)」


 長剣術式……フレイムセイヴァ。

 焔が、俺の剣から湧き上がる。


 俺の前に立つ者は全て薙ぎ払う。


「カッ!」


 ――炎剣術式……炎魔。


 纏った炎を凝縮し、斬撃の延長へぶっ飛ばす。


 スケルトンは、頭部を破壊しなければ完全には死なない。

 ならば、その胴を吹き飛ばせば戦闘不能だ。


「すっご……!」


 広域殲滅武術式。

 炎魔。


 父さんのオリジナル術式。

 使える者は、恐らくこの世で俺だけだ。


「じゃあ、私は転がってる頭蓋骨と契約してくるから頑張ってね」


 と言いながら、モモシスは俺に断ち切られたスケルトンへ駆け寄る。


 全く、無防備にもほどがある。

 頭蓋を前に、しゃがんで術式を発動しているモモシスの背中はがら空きだ。


 それを狙って、撃ち漏らしたスケルトンが寄る。


 それにしても、もうビビったのか?


 もう少し、俺の相手をしてくれよ。


 加速術式……アクセル。


 モモシスを守る様に、迫るスケルトンを割断していく。

 頭蓋を残せばいいのなら、首を斬れば話は早い。


 スケルトン。

 全身が人骨で形成された魔物。

 攻撃方法は、骨の形状を変化させる事による刺突と斬撃。

 脛や掌底も鋭利に尖らせる事で、切断能力を付与する事ができる。


 しかし、基本的に速度や防御力は人並みかそれ以下。

 知能も殆ど本能しか存在しないと言っていい。

 ならば、間合いの取り合いで完勝できる。


 しかし、やはり数の力は脅威だ。

 術式を連続で発動するには相応の魔力が居る。

 何度も使えば、それだけ消費魔力は増えていく。


 スケルトンの肉体では魔力切れも速い。


「グシャシャシャシャ」


 だから、そいつは醜悪な笑みを浮かべて現れる。


 ゴブリン。


 スケルトンの様な切断能力は無い。

 代わりに、武器を使う知能とそれなりの作戦立案能力を有する。


 漁夫の利を狙っていたのはお前か。

 俺の魔力が切れるのを待っていた訳だ。


 現れたゴブリンの数は30前後。

 確かに、魔力無しで戦うには少しキツイ。


「残念だったねアリウス。

 よく頑張ったと思うよ」


 モモシスがいつの間にか、俺の後ろに立っていた。

 多少の笑みを零しながら、悪魔的な表情で俺に言う。

 そのまま、背中に手を触れた。


 瞬間、身体が倒れる様な感覚。

 同時に、俺の意識は消失した。



 ――そして俺は、目覚める。



「カカカ(魔力充填は完了だ)」


「やっちゃえアリウス!」


 モモシスと俺の秘策。

 複製の精神結晶を取り除いて、別の複製にぶち込む。


 複製可能な契約スケルトンは、既にそこら中に転がっていた。


 これで、身体の魔力は回復する。


「ギョ?」


 その程度の浅知恵で、いい気になるなよ。


 ――炎剣術式……炎魔!


 豪炎が、ゴブリン共の身体を包む。


「ちょっと、そんなに焦がしちゃったら契約できないよ」


 心配するな火力は抑えた。

 腕や足の2、3本……使えなくとも複製すれば関係ない。


「ありゃ、ちゃんと生きてる」


 すごいねぇ。

 なんて言って、モモシスは恐怖に染まるゴブリンへ笑いかけた。


「それじゃあ、死ぬか契約するか選ぼうね?」


 劣等なんて呼ばれていても、ちゃんと悪魔なんだな。

 と、俺は思った。

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