第8話 二人目の悪魔


「マ、待ってくれ……」


 そう声を発したのは、倒したゴブリンの中の一匹だった。


 殆どのゴブリンは火傷で動けない程度にはなっている。

 だが、そいつは手足も残っており、火傷のダメージも軽傷と言える程度の物だった。


 確かに俺は火力を抑えて炎魔を使った。

 だが、ここまでピンピンしているのがいるとは。


「あれ、君ってゴブリンじゃないよね?」


「アァ、オレはホブゴブリンだ。

 頼む、見逃してクレ……」


「これ、喋れるって事は成級の魔物だよ」


 モモシスは俺に小声でそう話しかけて来る。

 成級の魔物は、上の階層に行くのでは無かったのか?


 いや、行けるからと全員が行く訳じゃないのか。


「オレはゴブリン族の族長の息子。

 オレには、最重要の任務がアル」


 それを聞いて、顎でそいつを俺は指す。

 するとモモシスは頷いて、問いかけた。


「一応、事情は聞いてあげる」


「アァ感謝する。オレはこの辺りの成級が集まって作った集落を守らなくてはならないのダ」


 そう言ってゴブリンが語り始めた内容に、俺は少し興味を抱いた。


 この最下級のエリアには殆ど幼級の魔物しかいない。

 しかし、それを纏める成級が部族の様な物を作っている場合があるらしい。


 その部族が集まった集落。

 それにこいつは属している。


 その集落では、ゴブリン、ブラッククロウ、リザードマン、ビッグフロッグ、スライムの5種族が共同で暮らしていると。


 だが、最近その集落に悪魔が現れたという。

 その悪魔は、己のダンジョンへの従属を求めて来た。


 しかし、隷属の条件を加味した結果、集落の族長会議でそれは拒否される事になった。


 だが、それを伝えた悪魔は報復の様に集落へ現れる。

 大規模な魔法で、悪魔は前線の戦士30人程を氷漬けにした。


 他の悪魔だって戦力を求めているという事だ。

 そして、ここが戦力増強に手っ取り早い場所なのは俺にも分かる。


「オレは、これからその悪魔の根城へ向かい隷属の懇願をしなくてはならないのダ!」


 急いでいたこいつが俺を狙ってきたのは、スケルトンという種族にあるらしい。


 スケルトンは基本的に群れない種族だ。

 他の全ての種族と敵対していると言ってもいい。


 そうじゃなくともここは魔界。

 四面楚歌を常在させた異界だ。


 故に、何故攻撃して来たのか、なんて問いはしない。

 こっちだって、相手の戦力をほぼ壊滅させたんだから。


「悪魔の提示した隷属の内容ってなんなの?」


「集落に所属する全ての魔物は魔力供給無し、本体でダンジョン防衛を行えと。

 そして、同族狩りをして配下を増やせと……」


 なるほど。

 その悪魔、俺ほどでは無いが中々頭がいい。


 仮に、複製したゴブリンが冒険者に負けた場合、ゴブリンの魔力総量の10分の1の魔力を悪魔は支払う必要がある。

 いや、生命維持に必要な魔力も払う場合はそれ以上だ。


 だが、本体の場合は、ゴブリンが死ぬだけで支払わなければならい魔力は0だ。


 まぁ、俺ならそんな無駄な事はしない。

 何せ、リスポーンシステムがある。


 冒険者がダンジョン内で負ければ、その冒険者が魔物を討伐してい保有していた魔石は戻って来る。

 つまり、逃げ帰られなければコストは0で済むからだ。


 そうじゃなくとも、魔物は冒険者を倒して進化するしな。


「カカ」


 俺は、両手で四角を作る様なジェスチャーと共に、モモシスに声を掛けた。


「あぁ、勧誘するんだね……」


 モモシスの持っていたバックの中から、一枚の用紙が取り出される。


 魔物との契約法は、取引と説得(脅し)と聞いていた。

 だが、スケルトンは喋れない。

 だから、契約内容は書面にしておく必要があったのだ。


 魔物が文字を読めるかは知らない。

 しかし、モモシスは読める。

 なら、モモシスに契約内容を読み上げさせればいい。


「えぇっと。

 悪魔モモシス・フリードは以下の条件に置いて、貴殿と契約する事を望む」


 その一、モモシスは貴殿に対して生命維持に十分な量の魔力提供を行う事。


 その二、モモシスは貴殿の生命を脅かさない事。


 その三、貴殿は複製体に置いて、ダンジョン内の冒険者と相対しダンジョンを防衛する事。


 その四、貴殿は防衛任務に関して7日の内2日を双方協議の元休日とする事ができる。


 その五、貴殿は貴殿の本体の住居に関してダンジョン内のスペースを使用できる権利を持つ事。


 その六、貴殿の冒険者討伐数や作戦の参加数に応じて守護階層を向上させる事。


 その七、貴殿の守護階層に応じたバックアップサービスを行う事。


 その八、バックアップサービスの内容に関して、貴殿との協議を行った後に変更が可能である。


 その九、貴殿の本体の生命に危険が迫った場合、モモシスは個人及びダンジョン権限に置いて可能な限りその生命の損失を防ぎ、遅延させる事。


 その十、貴殿はモモシス及びモモシスの権限委託者の勅命に関して以上の条項に背かない限り、絶対順守する事。


 その十一、モモシスは、モモシスの良心と協議の後、貴殿を裏切らない事を誓う。


「以上が、貴殿とモモシス・フリードとの契約内容の草案である。

 この契約を君の集落の全員としたいんだけど、駄目かな?」


「……ソレはオレ一人の判断では快諾しかねる」


 だろうな。


「故に、オマエ達を集落へ招いてもいいだろうか?」


 モモシスが俺に確認する様に視線をくべる。

 俺は短く頷いた。


「うん、行くよ」



 ◆



 赤黒い空。

 茶の大地。

 枯れた草木。


 そんな世界で、その集落は蒼に囲まれていた。


 氷柱。そうとしか呼べないオブジェクト。

 中には様々な魔物が展示されている。

 集落へ近づくにつれて、その氷柱の数は増えていく。


「融けないのダ。

 オレの兄と妹もここに居る」


 醜悪なゴブリンの顔が、寂しそうな表情を見せる。

 そこには、普段の残虐性は見えない。


 悔しいのだろう。

 救いたいのだろう。


 拳を握り込み、ホブゴブリンは氷を忌々しく睨む。


「カカカ(報酬の前払いだ)」


 契約内容を細かく決めたところで、結局悪魔側が魔物側を働かせるという構図に変わりはない。

 ならば、それに必要なのは何よりも信用だ。


 火魔術式……


 俺は、氷柱の一つへ触れる。


 ハンドオブファイア。


 掌が熱を持ち、少しづつ氷を融かして行く。

 これが融けないのは、魔力で作られた物だからだろう。

 ならば、術式で干渉すればいい。


 下級魔物には無理でも、俺には術式を適切に使用できる知性がある。


「アリウス……いや、君はそういう人間だよ」


「カカカ(これは後の利益の為だ)」


 伝わらない事を分かって居て、俺は反論する。

 どうして無意味な反論をしたのかは、考えない様にした。


「氷が……融けている……?」


 外側の氷が融け、俺の手は氷の中に居たゴブリンの肌へ触れる。

 中まで氷漬けだったのだ。

 ゆっくり、そしてしっかり融かさなければ命が脅かされる。


 こいつらは前線に出た集落の戦士なのだろう。

 将来俺の部下になる奴らだ。

 それを失うのは、俺の迷宮の損失だ。


「オレは長老を全力で説得する事、約束しまスル!」


 そう言って、ホブゴブリンは俺に膝を付いた。




「それはちょっと困っちゃうなぁ。

 ねぇ、モモシス。劣等悪魔が、こんな所で何私の獲物に手を出してくれちゃってるのかな?」


 蝙蝠の様な、巨大な翼を開帳しそいつは空から現れた。


「キサマは……!」


「中々来ないから、こっちから来ちゃったよ」


 銀色の髪を靡かせる、八重歯の尖った女。

 モモシスの様な、淫靡な服装を身を包む、恐らくは淫魔の類。


 そして、ホブゴブリンの対応を見るにこいつが件の悪魔か。


「アイリス……」


 モモシスが呟く。

 それが、この悪魔の名前なのだろう。


「モモシス、貴方みたいな落ち零れの劣等悪魔が迷宮を持つなんて相応しく無いのよ。

 スケルトンなんて連れてる雑魚が、学年主席の私に勝てるなんて思わないわよね?

 もう一回、学園に居た頃みたいに虐めて上げようか?」


 そう言われて、モモシスが怯える様に後退る。


 悪魔にも学校なんてあるのか。

 何て、どうでも良い感想を抱きながら俺は思った。


 こいつを殺したら、集落が俺の物になったりしないだろうか。

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