第6話 アドベンチャーサービス


 駆け出し冒険者。

 冒険者ギルドに送った依頼には、それを寄こす様に書いた。

 俺が十分に勝てる相手でなければならなかったからだ。


 スケルトン、スライム、ゴブリン、妖精、ワイバーンの幼体。

 現状、モモシスの迷宮の戦力はこれだけ。


 よって、俺が最大戦力と言っていい。

 ワイバーンも幼体ならば、俺の方が強いだろう。


 その俺が負ければ次は無い。

 迷宮を攻略され、モモシスは殺される。

 そうなれば、全てが水の泡だ。


 だが、やって来た少年の強さは俺の予想を大きく越えていた。

 本当に、ギリギリだった。


「モモ」


 廊下を並んで歩きながら、使用人の時の彼女の名前を呼ぶ。


「何でしょうか?」


 すると彼女は、礼儀正しくそう答える。

 サキュバスである彼女は演技力が生まれつき高いらしい。


「すまなかった」


「何が、でしょうか?」


「俺は自分をそこそこ強いと思ってたんだ」


 父は一流冒険者。

 そんな偉大な人物に修練して貰った。


 過保護だからだろう。

 父さんは俺を天才だなんて言って育ててくれた。


 それがおべっかだったのだと今更気が付いた。

 俺は、駆け出し冒険者に負けかける位の実力なのだと。


「強かったと思いますよ……」


「ギリギリだった。

 危なかった」


「それは、相手の強さが想定よりも高く……」


「それでもだ。

 予想外だったから負けた。

 そんな言い訳に意味はない」


 だから、俺は決めた。


「もっと、強くなりたくなった」


「それは良い事かと」


「だが、俺にはもう師は居ない。

 師を雇う金もない」


 だから捨てる他に選択肢はない。


 スケルトンじゃ駄目だ。

 俺の人間の身体でも駄目だ。


「俺に似合う体を探してくれ」


 俺はモンスターとして、もっと強くなる。


「畏まりました」


 そのまま彼女は俺の前に出て来て、スカートの裾を持ち上げて一礼した。

 カチャリとモモは目的の部屋の扉を開き、俺は中へ入る。


 そこには、王都からやって来た冒険者――ハル・クライが寝かされていた。


 彼は、上体を起こし辺りを見渡している。


「僕は……一体……?」


 死の記憶がお前には残っているのだろう。

 お前の気持ちも疑問も察しがつく。

 だが、俺は惚けた顔で言う。


「私はダンジョンの外で貴方の帰りを待っていたのですが、何も無い空間に突然貴方が現れたのです。

 一体、ダンジョンでどのような経験を為されたのですか?」


「ぼ、僕は、あの中で死んだんです……死んだハズなんです……」


 自分の手を何度も見て、少年は生存を確かめる様に言う。


「それは、どういう……?」


「僕にも分かりません。あ、僕の装備は……」


 今、彼は肌着だけを着ている。

 最初は軽装の鎧を身に着けていたが、それは全て消失している。


 当然だ。

 ダンジョン入場時点、つまり鳥居を潜った瞬間にハルの身体は複製され、魂が複製に移されている。

 その時点で、装備は複製に受け継がれる。


 その複製がダンジョン内で死亡したのなら、装備はダンジョン内に取り残される事になる。

 後は時間経過で自浄作用が適応され、ダンジョンに飲み込まれる。


 肌着は俺の親切で戻しただけ。

 流石に全裸は可哀そうだし。


「申し訳ありませんが、貴方が現れた時から貴方はその姿でした。

 あ、しかしこれだけ近くに落ちていましたよ」


 そう言って俺が差し出すのは、彼が使っていた青い短剣だ。

 太腿に差していた方である。

 よく調べてみると、かなりの値打ち物という事が分かった。


 芸術的価値は俺の知る所では無いが、材質はかなり良い物が使われている。


 返す義理も無い。

 けど、こんな物を貰ってもダンジョンの宝箱に入れるくらいしか使い道がない。


 だったら、この少年の挑戦意欲を湧きたてる方が重要だ。


「僕の短剣……良かった。

 これは故郷の長老から貰った物なんです」


 そう言って、何かを懐かしむ様に、丁寧に彼は短剣を受け取った。


「教えて頂いて宜しいですか?

 貴方が中でどんな体験をしたのか」


 俺は、全て理解している。

 けれど、それを少年から入念に聞き取った。

 それこそが、最重要の収穫であるからだ。


「はい、勿論です」


 そう言って、少年は非常に良い聞き取りをさせてくれた。


 後ろでモモが、その聞き取り内容を正確にメモしている。



「……これが僕が迷宮で経験した全てです。

 申し訳ありません、攻略できなくて」


「いえいえ、この情報からもっと上のランクの冒険者を雇えばいいだけの話です」


「あの、僕の仕事はやはり打ち切りでしょうか?」


 彼は失敗した。

 普通、失敗した冒険者とは死んだ冒険者だ。

 敗走した訳ですらない彼は、適性不足と考えられて当然。


 だが、できる事なら。


「できる事なら、私は貴方に依頼の継続をお願いしたいと考えています。

 賃金は、七日のダンジョン探索で依頼内容と同額を渡すという事で。

 勿論、ダンジョンで手に入れた物品の権利はお渡しいたします。

 良ければ、それを王都に運搬し売却する仕事は我が領民へお任せください。手間賃は30%程で如何ですか?」


「え、いいんですか?」


 いや、手間賃30%って暴利だぞ。

 ギルドで売却したって5%くらいしか仲介料取られないんだから。


 でも、こっちは王都に運ぶ必要がある。

 多めに貰うのは仕方のない事だ。


「ぜひお願いします!

 必ず僕がダンジョンを攻略しますから!」


 トントン拍子に、俺の狙いは達成されていく。

 戦闘はあれだけギリギリだった。

 なのに、こうも話が楽に進むと疑ってしまう。


「ありがとうございます」


 不信感を全く表さない表情で、俺は頷いた。


 そして、俺はそのまま村長の家に向かった。



 ◆



「村長は居るか?」


 俺の屋敷よりも更にぼろい木製の家。

 それが乱雑に並ぶ村。

 それが、俺の領地に住む人間全ての住居だ。


 確か、今の領民数は60人弱。

 増やすには移民の存在が必要不可欠だな。


「こちらに、如何いたしましたか領主様?」


 この村長は、小さい時から俺の遊び相手とかをしてくれていた記憶がある。

 歳は確かに60と少し。

 この村で最年長の人物だ。


 彼は、俺とモモを見て少し驚いたが、直ぐに俺に視線を向ける。


「少し話がある。中へ入ってもいいか?」


 領主として、領民へ遜った態度を見せる訳には行かない。

 それを察してくれている村長は、「勿論です」と俺を中へ入れてくれた。


 モモは外で待機させている。


 この村の家屋は、基本的に一部屋しかない。

 だから、俺が入ると同時に村長以外の家族は家を出ていく。

 内密な話がある事を察してくれてだ。


「悪いな」


「いえ」


 村長の娘が短くそう言って、出て行った。


 家には、俺と村長だけが残る。


「大きくなられましたな、アリウス様」


「そっちは大分老けたな、ルジー」


「そうですな。

 カガーラ様とウリア様が亡くなられて、村をギリギリ持たせていた希望が潰えました。

 皆、やる気をなくしています」


 そのやる気のない領民の、ケツを叩いてくれているのがルジーだ。

 彼は、昔俺の親父に野盗から救って貰った事があるらしい。

 だから、俺の領地を守る事に尽力してくれている。


「迷惑を掛ける」


「いえいえ、その歳で家を継ぐ苦労。

 そして、家族一人残される不幸。

 それを思えば、儂のはただの不出来ですから」


「本題に入るか」


「えぇ、それで本日はどの様な御用で?」


「領民に仕事を頼みたい」


 俺がそう言うと、苦い顔でルジーは言う。


「それは、無理だと思います」


「どうしてだ」


「失礼を承知で言いますが、領民は貴方の事を信用していません。

 貴方には、父君や母君程の信頼も信用もありません。

 村人は、貴方からの仕事に対して、賃金が払われると思ってはくれないでしょう」


 この領地が貧乏なのは見れば分かる。

 俺が貧乏なのも見れば分かる。

 だから、俺から給料が出る保証がない。


 それが、ルジーの危惧。


「だったら前払いでどうだ?」


「それでも、その金が持ち逃げされる可能性の方が高いかと」


「そうか……」


 流石に苦しいか。

 しかし、ここは乗り切ら成らなければならない。


「仕事と言いますが、具体的にどのような?」


「あぁ、行商というか運搬業だ。

 最近、領地の近くにダンジョンができてな」


「なるほど、だから見知らぬ冒険者が村を歩いていたのですね」


「あぁ、それでその冒険者が取って来た素材を王都まで行って売却して来る。

 それが俺からの村人への仕事だ」


「偶に来る商人では駄目なのですか?」


 確かに、この村へ行商に来る商人は居る。

 20日に1度、ここへ来て色々と物々交換してくれる。

 しかし、それでは駄目だ。

 こちらに利益が上がらない。


 冒険者がそいつに売ればいい事になる。

 だが、その行商人には致命的な弱点がある。

 それは、往来の日数だ。

 20日に1度では、流石に冒険者も待ちきれない。


 だが、俺たちは常にこの村に居る。

 冒険者は売りたい時に素材を売れる。

 そして、その素材を王都で換金すれば差額分引く運送費が領民の利益になる。


 それを説明して、ルジーに言う。


「だから駄目だ」


「転売……という事ですか」


「あぁ」


 この仕事は、滞在する冒険者の数が増える程利益率が上がる。

 一度の往来に必要な費用を、利益が越えたなら。


 その瞬間に、俺の勝ちだ。


 逆に、俺の貯蓄が尽きるまで運送費用を利益が越える事ができなければ俺は負ける。


「成功する見込みは如何程で?」


 七日に一度の往来。

 掛かる費用は一度の往来に銀貨15枚程度。

 得られる利益は、ハルだけなら銀貨4~5枚だろう。

 という事は、銀貨10枚程が俺負担になる。


 父さんが残してくれた貯蓄なら、2月程は耐えられる。

 けれど、それがタイムリミット。


「俺の命を賭ける。

 失敗すれば、煮るも焼くも好きにしろ」


 だが、絶対に成功させる。

 その心意気を持って、俺は村長を睨む。


「その目、戦いに向かう貴方の父君を思い出す。

 分かりました。その仕事、儂が責任を持って指揮しましょう」


「感謝する」


 第二の難関。

 一先ず上手く行ったか。


 外に出て、俺はモモを連れて屋敷へ戻る。

 その途中で、彼女が声をかけて来た。


「数人、盗み聞きしている者が居りましたが……」


「分かってる。聞かせてたんだ」


 あんなボロ小屋、聞き耳を立てるのは簡単だ。

 村長の娘が外に出て行ったのは、俺に気を使った訳じゃない。

 他の村人に俺が来た事を伝えに言ったのだ。


 それも全てルジーの命令。


 あのジジイは、全部計算してる。


 俺が無能な領主なら、今の会話は謀反を起こす動機になる。

 だが、俺が領地存続の計画を持って居る事を示せば、それは領民の士気を高める要因となる。


 それを全てルジーは分かって居る。

 どう転んでも、村長であるルジーが一番特をする様に。


 だが、そんな男だからこそ信用できる。

 あいつなら、完璧に俺の意図通りに行動してくれることだろう。


「さて、次のフェイズだモモシス。

 迷宮の戦力を強化するぞ」


「畏まり……

 分かったよ、アリウス」


 屋敷に戻った瞬間、モモシスは悪魔の姿へ戻る。

 そのまま、俺の首元へ顔を埋めてそう言った。


「君の血って、甘苦くて美味しい」


 そんな感想言われても、喜んでいいのか分からないっての。

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