第5話 覚悟と擁護


「なんだ、お前……?」


 朱色の少し長い前髪から、少年の視線が俺を睨む。

 屋敷に居た時とは全く違う雰囲気。


 疑問は当然の事だろう。

 俺の身体はスケルトンだが、手には父親から貰った剣を持つ。

 更に、頭蓋の部分は黒ずんでいる。


 通常の魔物とは違う。

 ユニークモンスター。


 そんな俺を見て、少年の瞳はギラつく。


 これが冒険者か。

 駆け出しとは言っても、覚悟のある目をしている。


「カカカ(さっきぶりだな)」


 骨が鳴る様な音だけが響き、俺の意思が伝わる事は無い。


「カカカ(悪いが、お前を殺させて貰う)」


 それでも、俺は宣言する。

 俺は冒険者じゃない。

 悪意に満ちていても貴族なのだから。


「敵に間違いはなさそうだ……」


 認識を飲み込む様に、少年は呟く。


 そうだ。

 間違いない。

 俺は敵だ。


 だから、俺は剣を鞘から引き抜き鞘を放る。


「鞘を捨てた? 冒険者じゃない、生粋の騎士の剣……」


 冒険者は基本的に連続的な戦闘を想定している。

 だから、荷物を投げ捨てる様な真似はしない。


 けれど、騎士とは常に勝つ意気で戦いに臨む物。

 故に、敗走の予定は立てない。


 父さんは元冒険者だが、貴族になってからはほぼ独力でこの領地を賊物の脅威から退けて来た。


 この領地が父さんの家であり、それを守る騎士と成ったのだ。


 故に、俺の受け継ぐ剣は……


 ――勝鬨の為の剣である。


「スケルトンがどうやってそんな剣を……」


 そう言いながら、少年はナイフを構える。

 鋼鉄で作られた銀色の肘先程度の長さの剣。


 もう一つ、膝に携わる短剣は温存か?


 嘗められた物だ。


 モンスターと人間に、対峙の暇は必要ない。

 会話の参列は不可能だ。


 だからただ、俺とお前は暴力でのみ語り合えばいい。


 この世界では、太陽は常に同じ方角に存在する。

 故、ビルの影に呑まれたこの道路に日差しは何時間経ってもやってこない。


 スケルトンの弱点。

 日光は、この場所にはやってこない。


「カッ(来い)」


 剣を上段に構える。

 不動の構え、受けの構え。


 それを見た少年の答えは……


「短剣術式……ラピットアクセル!」


 全速力。

 それを足裏に集約し、一歩に凝縮した突進の術式。


 短剣の技術に、魔力的な補助を行う武術式。

 それを使って少年は、一瞬で俺の前に飛来する。


 ならば、俺も受けて……断とう!


 長剣術式……フレイムセイヴァ。


 一気に俺の剣から炎が沸き上がる。

 それを少年――ハル・クライに振り下ろす。


「回避術式……ダブルステップ!」


 リズムよく、足が捌かれる。

 二歩で少年が回り込み、俺の上段からの振り下ろしを避け……


「カカ(させるか)!」


 長剣術式……サイドベンド。


 回避された俺の炎剣が、腰の辺りで軌道を直角に曲げる。


 ギリギリを見極めて回避した少年は、行き成り曲がった俺の剣に対応できない。


「ぐっ!」


 大剣を受けて吹き飛ばされた少年。

 地面を擦るが、切り傷も火傷も見えない。


 なるほどな。


 パリンと、金属の砕ける音が響く。


「カカカ(短剣で受け止めたのか)」


 ハルの短剣は、半ばから折れていた。


「強い……!」


 当然だ。

 俺の親父は冒険者として武功を立てた。

 王に認められる程の武功。

 それが生半可な訳もない。


 それは、受け継いだだけの俺ですらこれだけ強くする技術だ。


 実力不足何てことはある訳がない。

 ただ、父さんはやり方を間違えただけ。

 この力を有効に使えば、必ず発展は手に入る。


 その確信は、信念に転じる。


 その前に、お前の憧れなど無意味と知れ。


「だけど僕は負けない。

 この迷宮のせいで、悲しい思いをする人がいる。

 この迷宮のせいで困ってる人がいる。

 僕の故郷、僕の家族、僕の友達。

 あの二の舞だけは、絶対に許せない!」


 それが、お前が俺の依頼を受けた理由か!


 ――面白い。


「もう、僕は失わない!

 手の届く人の笑顔を、失わせはしない」


 ならば決してやる。

 俺とお前の失った物の大きさを。

 俺の想いとお前の想いの勝敗を。


「光魔術式……ライトソード」


 少年の折れた刃の先に、黄金の魔力が凝縮して行く。

 それは光の刃となり、剣となる。


「行くぞ!」


 そして、太腿にあった青のもう一刀を引き抜いた。

 ここからが、お前の本気か。


「僕はもう、誰にも負けるつもりはない!」


 奇遇だな。


 ――俺もだ!


「短剣術式……雷魔術式……」


 なんだと、お前……!

 同時に、二種類の術式を扱っているのか?


 そんな事、できる訳……!


「ラピットアクセル……ライトニング」


 掌から発生した雷の魔術が、俺の視界を覆う。

 その後ろで、ハルが加速している。


 これが、初級冒険者……

 詐欺にも程がある。

 Bランクにすら匹敵する才能だ。


 どうする?

 この雷へ対処すれば確実に隙ができる。

 奴の術式は、それを見逃してくれる速度じゃない。


 クソが。


 スケルトンの身体は、俺自身の肉体よりも魔力が少ない。

 だから、この術式は一度しか使えない。

 俺が父さんに教わった術式中最強の一撃。


 それは、雷ごとお前を飲み込む!


炎剣術式カカカカ……炎魔カカ!」


 豪炎を刃の先から巻き散らし、振るった方向へ爆裂させる。

 武術式の中では有数の広域攻撃。

 回避できるスペースは無く、防御できる火力ではない。


 豪炎剣カガーラ・フェイ。

 それが、冒険者時代の父さんの名前だ。


「うぅぅぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」


 爆炎から咆哮が上がる。

 だがしかし、それは辛い痛みと苦しみに悶える声というよりは。


 気合……怒声……まるで、未だに諦めていない様な。


「僕は! 倒れちゃだめなんだ!」


 全身を焼かれ、爆炎の衝撃を受けて、それでも未だお前は吠える。


 灰煙を突き抜けて、白煙を掻き分けて、黒煙を切り裂いて。


 お前は、俺の元までやってくるのか……


「村の人も領主様も苦しそうだった。

 使用人さんにも、お願いされたんだ!

 絶対に助ける、絶対に守る、絶対に!」


 そうか。


「カカカ(ありがとう)」


 俺と俺の領民の幸せを願ってくれてありがとう。


 なればこそ、俺は全力でお前を殺す。

 お前の願いは叶える。

 俺が全霊で叶えよう。


 必ず、俺は領民を幸福にする。


 だから、お前の願いを叶える為に、俺はこれから貴様に勝つのだ。


「僕はまだ立てる!」


 俺はお前とは違う。

 全てを望み、全てを手に入れる。

 そんな力は俺には無い。


 俺は英雄とは違う。


 打算的で、卑怯で、そして手段を選べる余裕すら残っていない。

 そんな男だ。


「はぁああああああああああ!!」


 ハルの短剣が、俺の身体に突き刺さる。

 骨を割って、空洞を抉る。

 俺は騎士じゃない。

 俺は父さんじゃない。


 今の俺は人間ですらない。


 こんな姿に成り果てて、それでも足掻くこの滑稽。

 許して欲しい等と願いはしない。


 どうせ落ちるなら、とことんまで落下してやる。


 剣を手放す。

 そして、俺はハルを両手で締め上げる。


「……!? ライトニング!」


 腹に刺さった短剣から雷が放射され、俺の骨を砕いていく。

 それでも、ガッシリと俺はハルを捕まえ続けた。


 ――さぁ、来い。


 俺は卑怯者の悪徳領主だ。



「いっくよぉぉおおおおおおおおおおおおおおお!」



「――ガッ!」


「カッ(よくやった)」



 桃髪の少女の声と共に、天から飛来した巨影。

 それが、俺とハルの身体を巨大な口に咥えて連れ去った。


「ワイバーン……だって?」


 ハルの口から絶望の声が漏れる。


 騎士失格。

 貴族失格。

 英雄失格。

 剣士失格。

 人間失格。


 自覚している。

 それでいい。

 どうせ俺には必要の無い称号ばかりだ。


 そのまま俺は、噛み砕かれた。

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