第2話 モデルケース
悪魔とは、異次元からの侵略者と人間からは認識されている。
故に世界の敵なのだ。
ただ、彼等の狙いは領土という訳では無い。
悪魔は人の魂を喰らい、魔力を食って生命を維持している。
その為に、異次元から彼等はやってくる。
そして、効率的に魂を徴収する為の悪魔固有の能力。
「それが迷宮魔法って認識で合ってるか?」
「概ねはね。
けど、悪魔は別に魂を求めてる訳じゃないよ。
実際魔界には、人間の魔力の味を知らない悪魔は沢山居るしね」
「じゃあ、なんで態々こっちの世界にやって来る必要がある?」
領土も必要ない。
魔力も別に要らない。
それなら、態々人間と争う必要は無い筈だ。
「ダンジョンを作って人間を殺すのは魔力を集める為。
じゃあ、魔力を集めるのは何の為だと思う?」
「娯楽か?」
「いいや、強くなる為だよ」
だから、強さに興味の無い悪魔は魔界から出てこない。
逆に、人間界に居る悪魔には必ずそういう野心がある訳だ。
「悪魔にはね、魔力限界が無いんだ」
「それは……凄まじい生態だな……」
それは、人の身で知っているのは俺だけの情報なのかもしれない。
そんな話は聞いたことも無い。
それにもし人類がそれを知っているなら、もっと焦っている筈だ。
悪魔とは、基本的にダンジョンの最奥に存在するボスだ。
その生態の殆どは、未だ謎に包まれている。
「でも、悪魔は人間と違って魔力を自然回復させられないんだよね。
私が死に掛けていたみたいにね」
モモシスの話を整理するとこうなる。
通常、人間には保有可能な魔力の最大値という物が存在する。
けれど、悪魔はそれが無限。
そして、悪魔には魔力を空気中から取り込む機能が無い。
「つまり、人を殺せば殺すほど再現なく悪魔は強くなれるのか?」
「まぁ、魔力量だけを見ればそうだね。
でも、使える術式とか勉強しなきゃだし、迷宮の維持費も魔力を使わなくちゃだから、アリウスが考えてる程万能な力じゃないよ」
いいや、それを指しい引いてでも最大魔力の上限無しは破格だ。
要するに、魔力が足りず机上の空論で終わった魔術理論であっても、悪魔なら発動できる可能性がある訳だ。
人間には余りある、超級、神級、世界級の最終魔法を悪魔という種族は使える可能性があるという事だ。
そりゃ、人間に勝てる相手じゃない。
「それでアリウス、ここに作っちゃっていいの?」
悪魔の迷宮魔法。
それは、異次元を作る魔法だ。
そして、その異次元と現世を繋ぐ門を生成して迷宮は完成する。
「あぁ、ここがベストだ」
俺の領地にある唯一の街の中心にある屋敷から、300m程離れた荒野。
そこを俺は迷宮の場所として設定した。
今ある街は、さびれ切っている。
だから、壊してまた立てるよりも、最初から何も無い場所に移住する方が、解体費用が浮く。
俺の領地は、基本的に荒野ばかりだ。
植物の生えない不毛な土地が殆どだ。
だから、この領地で食料を自給自足するのは現実的じゃない。
だったら、他の都市と交易する必要がある。
しかし、俺の領地に取引できるような産業は無い。
だからそれを、今から作る。
「行くよ。
そう、モモシスが唱えた瞬間だった。
何も無かった荒野の一カ所に、黒い穴が出現する。
それは、徐々に変質していく。
赤い支柱の、門と呼ぶには扉も無い。
それの名は俺の知識には無い。
赤い柱が二本脚となり、上部には閂の様な赤い木が二本の柱を繋げている。
その閂の中心には額縁の様な物があり、俺には読めない文字が書かれている。
「鳥居って……まぁ、私には似合いの構造なのかな」
「トリイとは何だ? それにその口ぶりだと迷宮魔法を使うのは初めてなのか?」
「鳥居は神様の住む神域と、人間の住む世界を分ける入り口みたいな物かな。にしても『愛』って、一応淫魔なんだけどな……」
トリイと呼ばれた物の中央。
額縁の中に刻まれた俺の知らない文字を眺めて、モモシスは『アイ』と口にした。
意味は良く分からない。
「迷宮魔法を使うのは初めてだよ。
人間から魔力を貰わないと発動してもどうせ維持できないし」
今は、俺という魔力タンクが居るから発動できる訳だ。
「悪魔の居城が、神域扱いってのはどうなんだ?」
「それは私も思った。
けど、これって私のイメージが具現化した物だから無意識に決まっちゃうんだよね」
「なるほど……
それで、これを潜ればもうダンジョンに行けるのか?」
「そうだよ。行ってみる?」
俺が考えていた発展計画にはモデルケースがある。
この国の王都だ。
王都付近には大迷宮が4つと中小迷宮が30以上存在する。
迷宮からは魔石を始めとした様々な素材や道具が産出する。
それが、王都の特産として機能しているのだ。
寧ろ、だからこそ王はそこに住んでいるのかもしれない。
だが、それも人間と悪魔が協力している訳では無い。
ただ、悪魔は人間の魔力を求める為に人口密度の多い場所を。
人間は、迷宮から利益を得る為に迷宮の付近を。
そういう利害関係が一致した結果だ。
ならば、悪魔と協力している俺は、それ以上の効率でダンジョンを産業として成長させる事が可能な筈。
中も見て置くか。
中の様子によっては、手法を多少考える必要があるだろうし。
迷宮の内部の様子は様々だ。
草原、火山、雪原、砂漠、荒野、沼地。
統一性は殆ど無いと言える。
「迷宮内部の環境ってのはどうやって決まる?」
「完全に悪魔の心象風景の具現化だよ。
その悪魔の性格や経験によって、次元と物理法則が構築されてそれが維持されるの。
だから勿論、悪魔の感情の変化によってダンジョンは微妙に構造を変え続けるよ」
なるほど。
確かに、ダンジョンは生きているとする様な論文もある。
その原因は、悪魔の精神に構造が影響されているためか。
だとすれば、生きているという表現も間違ってはいないな。
「行くぞ」
ダンジョンとは危険地帯だ。
父さんは元冒険者で、その功績を称えられて男爵になった。
だから、ダンジョンの危険性は口煩く教えられた。
「私も楽しみ。
どんな景色なんだろ」
そこに、何の準備も無く入る。
抵抗感はあるが、俺はそれを抑えてトリイと呼ばれた門を潜った。
転移の魔法に乗った様に、一瞬で景色が切り替わる。
――なんだこれは……!?
見た事も無い。
文献の記載すら確認した事がない。
意味不明。
そうとしか形容できない謎の世界。
俺はそこに、立ち入っていた。
隣へ視界を移す。
モモシスも、唖然とその光景を見ていた。
天を突き刺す大量の摩天楼。
巨大にも程がある透明な槍が、所せましと突き刺さっている。
いや、地面から生えているのだろうか。
その高さは、巨人族の身長すら軽く超えるほどにデカい。
地面を見る。
所々、白線のある見た事も無い灰色の大地。
凹凸が少なく、歩きやすい様に整備されている。
馬車が通る事を想定された様な幅の広い道と、人間が通る様な脇道に分割された街構造。
出鱈目に見えて、機能性が存在する事が確かに分かる。
そんな構造。
そして、時折道の端に視える四輪の巨大鼠。
完全に沈黙しているのが救いか。
「あぁ、そっか」
モモシスが呟く。
「そうなるんだ……」
言いながら、彼女は口元を抑えて涙を零れさせた。
「東京だ、ここ」
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