貧乏悪徳領主、淫魔を拾う ~悪魔にダンジョンを作らせて領地を迷宮都市へ発展させてみる~

水色の山葵/ズイ

第1話 劣等サキュバスと貧乏領主


「本当にいいの?」


 桃色の髪を靡かせる若い女が俺にそう問いかける。

 へそと谷間が出たトップスに短いスカート……そんな卑猥な恰好の女。


 しかし彼女は弱っている。

 膝すらついて、立ち上がる気力すらなく。

 真面に声を出す程の体力も無い。


「あぁ、その代わり約束は守ってもらうぞ」


 俺はそいつを見下ろして宣言する。

 そうすると、彼女は鈍い動きでなんとか立ち上がり、飛びつく様に俺を抱きしめた。


 そのまま、首元へ口を持って行き……


 ――ガブリ。


 と、俺の首へ歯を突き立てる。

 血と同時に、体内の魔力が急激に減っていく。

 それは、貧血と魔力の欠乏症を引き起こす。


 辛く、苦しく、反射的に俺の手が彼女を突き飛ばそうと上がる。


 でも、こんな苦しさは全てを失った苦しみに比べれば大したことは無い。


 今、ここで彼女を拒否すれば、俺は全てを失ったまま。

 そんなのは許せない。


「らいろうふ?」


「あぁ、好きなだけ吸えよ」


 俺の言葉に反応して、彼女の目がギラついた。

 より深く、歯が俺の中へ入って来る。

 より多く、魔力と血液が抜かれていく。


 精神力でそれを耐える。

 足を踏ん張り、右手を左手で強く掴む。

 唇を噛み締めて、その苦痛を我慢する。


「プゥ……ッハァ」


 徐々に彼女の肌にハリが出てくる。

 体躯と胸と尻が肥大化し、香りが媚薬に近い欲情を誘う様な物へ変わって行く。


 数十秒、彼女は俺の首筋から離れた。


 艶めかしくなった彼女は笑う。


「馬鹿だね君。

 私みたいな悪魔に魔力を渡すなんて」


「そうだな」


「私が裏切ったら君死んでたよ?」


「そうだな」


 この屋敷へ彼女は墜落して来た。

 俺はそれを助け、魔力が足りなかった彼女へこうして魔力を渡した。

 それは禁忌と呼ばれる行為だ。


 悪魔と人間は相容れてはならない。

 悪魔は人間の敵で、悪魔にとって人間は食料だ。

 だからこそ、彼等を信じる人間は馬鹿以外の何者でもない。


 でも、賢いままでこの領地が再起する方法なんて存在しない。


「魔力をくれてありがとう。

 じゃあ、殺してもいい?」


 そう粋がって女は……淫靡の悪魔は言う。

 けれど、俺はそれが虚勢だと知っている。


「力が戻ったからと言って、このまま俺を殺せはしないだろ?」


「なんで?

 悪魔が人間との約束を守るとでも思ってるの?」


 俺はこいつに血を飲ませる前に約束した。

 助ける代わりに、俺を助けろと。

 けれど、それを馬鹿にするように悪魔はそう言い放つ。


 全く、俺を嘗めてんじゃねぇ。


「簡単な事だ。

 お前は弱って俺の屋敷へ落ちて来た。

 何か致命的な失敗があったのだろう。

 それも、魔力が空になる程長期的に。

 俺を殺して、その生活に戻って、もう一度瀕死になりたいのか?」


 俺史上、一世一代の大ギャンブル。

 悪魔との調印。


「俺に力を貸せば魔力をやる。

 代わりに、俺の領地を発展させるのを手伝え」


 俺が、お前との約束を信じるとでも思っているのか?


 5才の頃からの婚約者は、俺を見捨てた。

 国は何の援助も無く、この枯れた領地で税金を払えと俺に言ってくる。


 両親は、優しい人だった。


 貧乏なクセに、俺に優しく色々な事を教えてくれた。

 苦しいクセに、俺に腹いっぱい食わせてくれた。

 偉いクセに、領民にいつも頭を下げていた。


 その、父も母も病で死んだ。


「俺はただ、お前を利用するだけだ悪魔」


 これは取引だ。


「お前は俺に協力しろ。

 そうすれば、お前を魔王にだってしてやるよ」


 俺は優しく死んだ両親の真似はしない。

 俺は最低に最悪に、ただ利益を追求する。


 そうして必ず繁栄を取り戻し、栄華を極める。


「それでも俺を殺すか?

 見る目の無い女だ」


 賭けだ。

 ここでこの女の協力が得られなければ、俺は賭けに負ける。

 それは死ぬという事だ。


 国は俺に管理責任を問うだろう。

 許嫁は俺とは別の男と結婚し、俺を嘲笑うだろう。

 俺の両親は、愚鈍な貴族として名を刻む事になるだろう。



 ――そんな事が、許せるか。



 繁栄の為に悪辣を極める事を求められるのなら、喜んでそうなろう。


「私はあんまり頭は良くないけど、見る目のある悪魔だよ。

 だから、貴方を見初めて上げる。

 感謝しているわ人間。

 だから貴方と私が対等だと認めて上げる」


 唇から垂れた俺の血を、指でなぞってその指をしゃぶる。

 そのまま二三と咀嚼して、彼女は自分の指を噛んだ。


「契約をしようか、君の名前を教えてくれる?」


「ラートハルト男爵家当主、アリウス・フェイ・ラートハルト。

 それが俺だ、悪魔」


「私は淫魔モモシス・フリード。

 よろしくね、人間」


 そう言って、彼女は血の垂れる己の指を俺の口へ持っていく。


「飲んで、それを持って私は君を裏切れなくなる。

 そして、それを持って君は私を裏切れなくなる」


「あぁ」


 その指を咥えて、指先の血を舐めとった。


「馬鹿だね。契約内容も確認せずに、私を信じたんだ。

 これが、貴方の隷属契約だとは思わなかったの?」


 悪戯な笑みを浮かべるサキュバスの言葉を、俺は切って捨てる。


「馬鹿はお前だ。

 俺には最初から、お前に裏切られた先など無い」


 もう、人生はほぼ詰んでいる。

 ここで、この悪魔にも裏切られたなら俺は終わりだ。

 だから、お前を100%信頼できる。


 信頼を裏切られても、もう失う物は無いからだ。


 失敗など、もう怖くはないからだ。


「そして、目を見れば分かる。

 お前も俺と同じだろう?」


 そう言った瞬間、腹を抱えて彼女は笑った。


「ハハッ……フフ、そうだね。

 私はもう詰んでいた。

 選択肢は二つに一つだった。

 人間に身体を許すか、サキュバス失格と罵られながら自然死するか」


「それが、お前の墜落の原因か」


「そうだね。

 私は人間に抱かれたくなんてないんだ。

 そういうサキュバスはつまはじきにされて、劣等だって罵られる。

 そして、私の居場所は何処にもなかった。

 そんな私でもここに居て良いの?」


「俺に協力する限りはな」


 領地を再建する。

 繁栄をこの地に極める。

 その為なら、悪魔とだって契約しよう。


 悪辣極まる、最低最悪の人間になってみせよう。


 その程度、全てを失った悲しみに比べれば容易い事だ。


「それじゃあ聞かせて貰おうか。

 君は、私の悪魔の力を使って、何をしようとしてるのかな?」


「人と悪魔が協力しなければ成し遂げられない奇跡の街を作る。

 迷宮都市、それが俺が目指す街の名前だ」


 全ては始まった。

 もう引き返す事はできない。


 俺は、悪魔と共に財を築く。

 貴族だろうが王族だろうが俺に侵犯できない程の、圧倒的な財を。


「着いてこいモモシス。

 まずは、お前の力で我が領地にダンジョンを建設するのだ!」


「おーけー、アリウス。

 一蓮托生、君の壮大で馬鹿みたいな計画を私は支持しよう」

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