第14話 将軍は鬼ヶ島を知りたい

 桃太郎が帰ったあと、手利てしかが城では将軍が桃の酒を楽しんでいた。


「こんな美味い酒……。鬼たちは以前から作っていたのだろうか? それに米や野菜なんかの食料も……」


 老中、低野は推測する。


「桃太郎の言い分では、討伐に向かった日から、鬼たちが変わったと言っておりました。よって、酒作りや農業は翌日から始めたのでしょう」


「……おかしいな。まだ、1ヶ月と経っていないぞ? それなのに米を大量に作り、酒まで……。やはり、これらは人間の奪った物なのだろうか?」


「いえいえ。これほど上質な物は人間では作れませぬ。鬼ならば怪しい術で、このような酒や農作物を作ったのではないでしょうか?」


「怪しい術か……。くくく。あり得るな。しかし、そうなると殺すには惜しい存在だな」


「はい。これほどの物が定期的に手に入るなら、生かす理由にはなり得るかと」


「よし。予定変更だ。鬼も桃太郎も殺すのを延期させよう」


「承知しました。獅子人の牙丸にもそう伝えましょう」


 翌日。

 将軍は桃太郎を呼びつけた。


「何? あたしに鬼ヶ島に行けだと?」


「そうだ。鬼ヶ島で、どうやって酒を作り、農作物を作っているのか調べて来て欲しいのだ」


「詳細を知る必要ってあるのか?」


「んぐ……。あ、当たり前だろう。平和条約を結ぶ際に、どれほどの食料をこちら側に提供してくれるのか知る必要があるからな」


 当然、これは方便である。

 彼には条約を結ぶ気など微塵もない。


「……そんなことを知ってどうするんだ?」


「年貢と同じだ。取り立てすぎても鬼が困る。かと言って、獲れ高に対して少なすぎるのも問題だ。こちらとしては少しでも多く貰いたいのだからな」


 嘘がスラスラと出てくるのは将軍の能力と言っていいだろう。


「随分と欲張るじゃないか」


「ふん! こんなのは当然の権利だ。相手は鬼だぞ。そんな存在と平和条約を結んでやるのだからな。こちら側が有利にことを進めるのが条件ってものだ」


「ふぅむ……」


「まぁ、主がやらなくてもいいのだぞ。他の使者を向かわせてもいい」


「他の人が鬼ヶ島に行くなんて、みんな怖がって嫌がるだろう?」


「そりゃあな。しかし、俺の命令だからな。くくく。行かざるを得んのさ」


「ちっ! あたしが行ってやるよ」


「それは助かる」


 将軍の目的は鬼ヶ島の把握だった。

 この不思議な酒と農作物の生産事情を知りたいのである。

 そんなことを知らない桃太郎はウキウキだった。

 彼女にとって将軍の事情など関係がない。 

 ただ、オニトに会える口実ができて嬉しいのだ。


「爺ちゃん! 婆ちゃん! また鬼ヶ島に行くことになったよ」


 彼女はそのことを育ての親である老夫婦に伝えた。

 白髪の優しそうな女性がお婆ちゃん。


「あらあら、桃太郎。随分と嬉しそうだねぇ」


「そ、そんなことないっての……」


「ふふふ。あたしゃわかるよ。鬼ヶ島に好きな人でもできたんだろ?」


「な、な、な、な、な、何言ってんだよぉおお!!」


「ほほほ。桃太郎はわかりやすいからね」


 お爺さんは少しだけ精悍な顔つきで、


「しかし、相手は鬼だろう? わしゃあ心配じゃがなぁ」


「ふふふ。お爺さん。この子は桃から生まれた子なんですよ。相手が鬼でもなんとかなりませんかね?」


「確かになぁ……。しかし、我が子であることには代わりはないのじゃ。桃よ。わしゃあ、お前が村の若い衆と結婚して幸せに暮らしてくれたらそれでいいんじゃがなぁ」


 桃太郎は顔を赤らめた。


「あ、あたしが結婚??」


「そうじゃよ。もう年頃なんじゃから。結婚を考えてもいいじゃろうに」


「…………」


 彼女の頭の中にはオニトのことで一杯だった。


「鬼を退治して、お前が嫁に行くとばかり思っとったが、まさか、鬼と平和の約束をするとはのぉ……」


「鬼たちはもう人間には危害を加えないと言っているぞ」


「それでもわしは心配じゃよ。相手は鬼なんじゃから」


「オ、オニトは悪い奴じゃない!」


「あらあら。桃太郎の良い人はオニトさんって言うのね」


「は!? い、良い人とかじゃないっての!!」


「ほほほ。この子は本当にわかりやすいんだから」


「揶揄うなぁあ!!」


「ほほほほ。じゃあ、オニトさんにお土産を用意してあげなきゃね」


 そう言うと、お婆さんは黄色い団子を作った。

 世に言う黍団子である。

 因みに吉備団子とは岡山県名物の団子のこと。

 吉備の国で作られたから吉備団子。こちらも材料は黍なので、同じ団子なのであるが、童話に出て来た団子は黍団子と呼ぶ。

 よって、こちらは稲科の黍で作られた正真正銘の黍団子なのである。


「婆ちゃん! お供の分とあたしの分も作ってくれよな!」


「はいはい。じゃあたくさん作らなきゃね」


「えへへ。あたしは婆ちゃんの作った黍団子と肉の生姜焼きが好きなんだよな」


「ふふふ。もう、この子ったら。いつまで経っても子供なんだから」


「えへへ。……婆ちゃんはさ。オニトに会いたい?」


「そりゃあね。あんたが好きになった人なんだもん。一度は見てみたいわねぇ」


「べ、別に好きとかじゃないけどさ……」


「さぞや素敵な人なんだろうねぇ」


「うん! 勇気があって賢くてさ! 鬼ヶ島のみんなから好かれてるんだ! んで、大きな屋敷に住んでてさ。こーーんなデッカい屋敷なんだ!」


「へぇ。そうなの」


「それでオニトはさ──」


 彼女の言葉は止まらなかった。

 お婆さんはただ微笑みながら、頷いて団子を作るのだった。


 桃太郎はたくさんの黍団子を持って鬼ヶ島へと向かった。

 オニトに会えることを心待ちにしながら。



 港にはオニトたちが出迎に出ていた。


「やぁ! よく来たね!」


「お、おう……。将軍に言われてな。米の作り方とか、酒の作りかたとかを聞きに来たんだ。止む無くだからな。べ、別にお前に会いたいから来たんじゃないからな。それだけは勘違いすんなよな」


「ははは。君も大変だな」


「ふん」


「じゃあ、泊まりになるけどいいか?」


「せ、世話になるよ……」


「ああ。ゆっくりしていってくれ!」


「あ、遊びで来たんじゃないんだぞ!」


「ははは。でも、楽しもうよ」


「た、楽しむぅ? 変な奴だなぁ」


「だって、仕事でもさ。嫌々やるより楽しんでやる方がいいだろう?」


「そ、そりゃあ、そうだけどさ」


「鬼ヶ島はみんな楽しんで仕事をしてるんだ。そんな島にしたいんだよ」


「か、変わってんな……。将軍とは大違いだ」


「変わり者って褒め言葉と受け止めとくよ」


「ほ、褒めてないっての!」


 などと言いながらも、桃太郎は嬉しくて胸が張り裂けそうでしたとさ。

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