第10話 酒作りのリーダー

「イーラさん。どうしたんですか?」


「ん? ああ、ははは。オニトか……。なんでもないさ」


 そう言って涙を拭く。

 

 込み入った話を聞くのは失礼かな?

 じゃあ、


「一緒に飲みますか?」


「ん? いいのか? 私なんかと飲んで? 島の英雄はみんなに引っ張りだこだろう?」


 随分と弱気な発言だな。

 探索隊が解散して彼女の自信は無くなった。攻めっ気な発言は鳴りを潜め、俺のやる行動を見守るだけになった。もしかして、スローライフは彼女の生き甲斐を奪ってしまったのではないだろうか?

 よし、酒の力で彼女の悩みを聞いてみよう。


「まぁ、たまにはいいじゃないですか。一緒に飲みましょうよ」


 そう言って、桃の酒を注いだ。


「う、うむ……」


 複雑な表情を見せる彼女。

 しかし、1時間も経つと、すっかり出来上がっていた。


「らってぇ、探索隊が無くなったらぁ、私の仕事が無くなったんだもぉん。うわーーーん!!」


 そう言って泣く。

 やはり、俺の行動が彼女の生き甲斐を奪っていたんだ。


「平和になるのは嫌ですか?」


「嫌じゃないわよ! 野菜や米は美味しいし、酒なんか最高よ! れも、私の仕事が無くなっちゃったわよぉお! オニトの意地悪ぅうう!」


 ふむ。

 平和は嫌じゃないのか。

 それは良かったな。

 仕事だけの問題なら。


「何か、自分にあった職を探せばいいじゃないですか?」


「何やればいいのよ? 人間と戦うことを生き甲斐にしてきた私がさ。何と戦えばいいのよぉ?」


「ははは。何も戦わなくてもいいですよ。これからはみんな仲良く、楽しく暮らすんですから」


「そんな夢見たいな生活を実現しようとしているんだから、私なんか敵わないわよ。オニトはすごすぎよぉ! うぇーーーーん!」


 やれやれ。

 また泣き出した。

 さぁて、彼女の仕事をどうしようかな?


「ヒック……。この桃の酒なんか、最高よね。人間が作った酒より100倍美味いわ。私はこの酒のためなら死んでもいい」


 あれ、もしかして?


「イーラさんってお酒に拘りがある鬼なんですか?」


「あんら、知らないの? 鬼ヶ島で私に敵う酒豪はいないわよ!」


「お陰様で記憶喪失なんです」


「ああ、そうだった。便利よねぇ。私も過去の記憶を無くして生まれ変わりたいわぁ。はぁ〜〜」


 おお、だったら、


「酒作りのリーダーをしませんか?」


「ほえ?」


「酒造チームを作って、あなたが指揮を取るんですよ!」


「しゅぞうちーむ?」


「イーラさんは酒が好きなんでしょ? 拘りがあるんでしょ?」


「ま、まぁね」


「だったら自分の好きな酒を作ればいいじゃないですか!」


「うう。私はあなたみたいに頭がよくないもん。前世の記憶もないし。酒なんか作れないわよ」


「簡単です! やり方は俺が教えます! あとは酒蔵を作ったり色々と必要ですが、そういったことも相談しながらやればいい!」


「……わ、私にできるかな?」


「できますよ! 今まで探索隊を指示したり、鬼ヶ島の治安維持に努めてきた実力があるじゃないですか! きっとできます!!」


「……じゃ、じゃあ」


「やってくれますか?」


「う、うん……」


「やった! これで鬼ヶ島のお酒が益々、発展しますよ!」


「うう……」


 と、彼女はジワリと涙を流し始めた。


「ええ? 嫌なんですか?」


「違うわよ! 嬉しいのよぉおおお!!」


「なんだ……。ははは」


 嬉し涙か。良かった……。


 と、安心するやいなや。彼女は俺を抱きしめた。


「ちょ、イーラさん!?」


「お前はすごい!!」


「は? ええ??」


「私に酒作りを勧めるなんて、お前しかできん!!」


「いや、あの?? 酔ってますよね??」


「ああ、酔ってる!」


 うは、言い切った。

 失敗したな。大事な話を酒の力を使いすぎた。

 こりゃ、彼女、覚えてないかもしれないぞ。


 イーラさんのハグは更に強さを増した。


「……しゅき♡」


「は、はいい??」


「しゅきしゅきしゅきぃいいい♡」


「いやいやいや! イーラさん酔いすぎだからぁああ!!」


「酒の力を借りんといえないこともあるのよ。しゅきぃ♡」


「離してくださーーーーい!!」


「オニト、しゅきぃいいいいいいい♡」


 こうして楽しい夜は過ぎた。


 次の日。

 

 うーーむ。

 酒造チームの件、イーラさんは覚えているだろうか?


 彼女はやや二日酔いで、まだお酒が残っている感じだった。

 頭を押さえながら、


「き、昨日はありがとう」


 と言う。


「なんのことです?」


「酒造チームのリーダーだよ。私を任命してくれただろう? まさか覚えてないのか?」


 おお、覚えていてくれた!


「まさか! 覚えてますよ。じゃあ、リーダーをしてくれんですね?」


「う、うむ」


「良かった」


「本当にありがとう。これから新しい人生を生きるよ」


「ふふふ。楽しく酒作りをしましょう」


「う、うん。午後からでいい?」


 ははは。二日酔いか。


「大丈夫。イーラさんのペースでいいですよ」


「すまない」


 よし。

 これで酒の件は彼女に任すことができるぞ。


「そ、それとだな……」


 と、彼女は顔を赤らめる。

 

「昨晩、言ったことは……。その……。酔っていたからだからな」


「ん? もしかして、しゅきしゅき言ってたことですか?」


「うう……」


「ははは。イーラさんって酔うと面白いですよね」


「さ、酒の力で本心を話せるだけだ!」


「え? 本心?」


「あ、違ッ! だ、だからって、昨日のは違うからな! お、お前のことなんてなんとも思ってないからな!」


 やれやれ。


「はいはい。わかってますよ。大丈夫。酔っ払いの扱いは前世でも慣れてましたから」


「うう。そういう所なんだよな」


「何がです?」


「他の鬼にはない、妙に大人な部分というか……」


 妙に大人ですか。

 まぁ、前世の木崎 和成は35歳のおっさんだったからな。


「包容力があるというか……。落ち着いているというか……。それが妙に気になって仕方ないというか……」


「何をブツブツ言っているんですか?」


「な、なんでもない」


「じゃあ、午後から酒作りといきましょうか」


「お、おう。よろしくお願いします」


 こうして、俺はイーラさんと酒作りを始めた。

 酒蔵作りのアイデアから酒の種類や方法まで。

 彼女は聡明で、その発言は有意義である。

 1週間もすれば、立派な酒蔵ができあがった。


 あれだけ泣いていた彼女も笑顔を取り戻し、


「鬼ヶ島の酒を 日本ジパング一の酒にする!」


 と、やる気になってくれた。

 良かった良かった。


 さて、野菜、米、酒はしっかりと自給できるようになったな。

 次は肉に取り掛かろうか。



────


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