第9話 鬼ヶ島の酒作り

「お酒なんてどうやって作るの?」


「ふふふ。普通は知らないよな」


 俺は知っているんだ。

 前世は広告代理店の仕事だったからな。

 その時に一度だけ酒蔵に取材に行ったことがあった。

 普通、酒なんて素人が作ったら酒税法違反で捕まってしまうんだがな。

 ここは鬼ヶ島。そんな心配はない。


「簡単だよ。精米した米に麹菌を入れて発酵させればいいんだ」


「その……。コウジキンってなんなの?」


「麹菌ってのはカビの一種でね。普通、カビは体に悪いんだけどさ。麹菌は食べれるし健康に良い菌なんだ」


「え、えーーと。とにかく食べれるのね。それを米に入れればお酒ができるんだ。その麹菌はどうやって作るの?」


「麹の作り方か。ははは……」


 うぉーーーーーーーーーーーー!

 知らねぇええーーーーッ!!


 そんなことまで取材してなかったな。

 酒蔵の人は『米に麹菌を入れて発酵させるのです』って言って終わったからな。

 そんな詳しいやり方まで教えてもらわなかったぞ。

 いきなりつまづいてしまった。


「うーーん。やっぱり酒作りは難しいな」


「そうなのね」


「とりあえず、酒は置いといて、米と野菜の収穫状況を見に行こうか」


「ええ。マイちゃんが朝からがんばってるわ」


 さぁて、そうは言ったものの、酒の作り方が頭から離れないぞ。

 鬼たちが酒を作れれば更に生活は楽しくなるんだからな。


 俺たちが歩いていると、桃を採っている子供が老人に怒られていた。


「こりゃ、そんなに桃を採ってはいかん」

「なんで?」

「桃は直ぐに腐るんじゃ。毎日、食べる分だけ採ることにせい」

「でも3つしか採ってないよ?」

「今日は何個、食べるんじゃ?」

「2つ」

「じゃあ、1個あまるじゃないか」

「明日、食べればいいじゃん」

「明日には腐っておるよ」

「ええーー」


 鬼ヶ島の常識だな。

 俺も初めて聞いた時は驚いた。

 どういう訳か、木からもいだ桃だけは1日で腐るんだ。

 他の果物は問題なく日持ちするのに、桃だけは1日で腐る。

 それゆえに、『悪魔の実』なんて呼ばれていたんだよな。

 まぁ、今は鬼ヶ島を救った『神の実』って尊重されてるけどさ。


 腐る……。それは雑菌がついた状態で起こる事象。条件を整えれば発酵か。

 麹菌は作れないけど、桃からなら酵母菌は作れるぞ。

 麹菌はカビの一種。酵母菌は微生物だ。ビールやワインなんかの果実種は酵母菌から作るんだよな。

 桃から果実酒を作れないかな?


 そんなことを考えながら農地に着いた。


「おはようごぜぇますだ、オニト様」


「おはようマイ。順調かい?」


「はいだ♡ 今日もうんめぇ野菜と米がたくさん収穫できるだ」


 よし。

 ここは彼女に任せてもよさそうだな。


 俺は酒作りに専念しようか。


 俺は近くの木から4つの桃を採った。


「食べるの?」


「ちょっとね。よし。家に戻ろう」


 俺はその桃を綺麗に洗って桶の中に入れた。

 そこに蓋をする。


「ダメよ、そんなことしちゃ! 桃を密封した場所なんかに置いたらたちまち腐ってしまうのよ」


「ちょっとね。実験」


 鬼ヶ島の桃は特殊なんだよな。

 とにかく直ぐに腐ってしまう。

 例えば綺麗に洗った桃を密封した場所に入れたらどうなるんだろう?

 果物が発酵すれば酵母菌を作る。

 前世で、パン作りに挑戦したことがあったっけ。

 その時は苺に砂糖を振りかけて発酵させてから酵母菌を作ったんだよな。


「砂糖ってあるかな?」


「そんな高価な物はないわね。人間を襲ってもめったに獲れないもの」


 うーーむ。

 砂糖がないのか。

 一緒に入れると発酵しやすいんだけどな。


「仕方ない。まずはこのまま放置してみよう」


 俺たちは米と野菜の収穫を見に行った。

 マイの仕事振りは順調そのもの。本当に楽しそうに働いていた。

 今日も、たくさんの米と野菜を収穫できた。


 帰ってきて、桃の状態を確認する。

 蓋を開けると鼻にツンと来る匂い。


「うわ……。泡を吹いてる……」


 たった数時間でこれか……。


「ほらぁ。腐っちゃたじゃない」


「……腐ってるのか?」


 俺は泡に指を入れて、指先についた泡を舐めてみた。


「ちょ、オニト君! お腹壊しちゃうわよ」


「……この味は」


「?」


「悪くないよ! 少し癖があってピリリとするけど、完全に腐ってダメになっている感じじゃない!」


「ええええ!?」


「発酵しているんだ!!」


「発光?? 光なんて出してないわよ!?」


「ははは。字が違うよ。発酵ってのは体に良い菌が桃の果肉を分解していることを言うんだ」


「よ、よくわからないけど、腐ってるんじゃないの?」


「うん。発酵した食べ物は体にいいんだ。納豆とか知らない?」


「なっとう?? 聞いたことないわね」


 納豆といえば水戸だけど。

 鬼ヶ島には伝わってないのかな?

 まぁいい。話が逸れた。


「とにかく、桃の糖質を酵母菌が分解しているんだ」


「へぇ……。普通はカビが生えたり腐ったりするんだけど、どうしてかしらね?」


「綺麗に洗ったのが良かったんだと思う。鬼ヶ島でもそんなことをする鬼はいなかっただろ?」


「そうね。綺麗に洗った桃を放置するなんて考えてもみなかったわ」


「ふふふ」


 たったそれだけのことで酵母菌ができるんだ。

 酵母菌といえばパン。

 小麦さえ作れば、朝食にはパンが食べれるぞ。

 それに、これはもしかしたら……。


 俺はメイドに頼んで湯を沸かしてもらった。

 沸騰した湯を冷まして冷水にする。それを桃の入った桶に入れた。

 キリエナは首を傾げる。


「そんな水を入れて何をするの??」


「沸騰させて加熱殺菌した水を使う。沸騰したままの湯だと酵母菌が死んでしまうからね。かといって真水だと雑菌がついてカビが生えてしまうかもしれない」


「一体なんのこと??」


「ふふふ。それはお楽しみだよ。これをもう少し置いておこう」


 次の日。

 俺は期待を込めて、桃の入った桶を開けた。


 この匂い!


「やっぱりーーーー!!」


 桶には、桃の果肉が溶け込んだ液体が入っていた。

 柄杓で掬って飲んでみる。


「うん! 美味い!!」


「え? え?? どういうこと?? 桃に水を入れただけでしょ?」


「ふふふ。キリエナも飲んでみてよ」


「う、うん……」


 彼女が液体を口に入れる。

 

「え!? こ、これは!?」


「ふふふ。わかった?」


「お、お酒だわ!! 桃のお酒!!」


「そういうこと。酵母菌が糖分を分解してアルコールになった。つまり、桃のお酒になったんだよ」


 まぁ、通常はありえないんだけどね。

 前世ではよほど糖質が高くないとこんな事象にはなりえない。

 ましてや1日なんてもってのほか。

 でも、ここ鬼ヶ島の桃ではそれが可能なんだよな。


「じゃあ、じゃあ、洗った桃に加熱殺菌した水を加えて1日放置すれば、桃のお酒ができちゃうってことぉ!?」


「うん。そうなるね」


「凄いわ!! 早速、長老にも伝えに行きましょう!!」



ーー長老の家ーー


 俺は事情を話して桃の酒を長老に飲ませた。


「美味い!! これは美味い酒じゃあああああああ!!」


 早速、大きな桶を作った。

 そこに大量の桃を入れて桃の酒を作る。


 次の日。

 上手にできた桃の酒を鬼ヶ島のみんなに配った。


「美味いぃいいいいいい!!」

「こんな美味い酒は初めてだぁああああ!!」

「酒まで作ってしまったのか!? オニト様は神か!?」

「すごいぞ、オニト様!!」


 そして、


「よぉおし、みんなでオニト様を胴上げだぁあ!!」


 またこのパターンか。


「「「 ワーーッショイ! ワーーッショイ!! 」」」


 でも、まぁ、みんなが喜んでくれて良かった。

 

 その日は宴である。

 みんなは長老の家の前にござを敷いて桃の酒を飲みまくった。


 そんな中、1人で酒を飲み、泣いている女を発見する。


「うう……。鬼ヶ島は平和だ……。私の仕事なんてもう……」


 金髪美女のイーラさんだった。

 彼女は長老の付き人として、また、探索隊や各セクターのリーダーとして鬼ヶ島で活躍してきた鬼である。

 そんな人が泣くなんて、どうしたんだろう?


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る