第12話 一方、その頃桃太郎は
オニトたちが鬼ヶ島ライフを楽しんでいる一方。
桃太郎は帰還して鬼の状況を将軍に伝えていた。
「何ぃいいい!? 鬼を残しただとぉお?」
目を見開いたのは30代の男。
豪奢な着物に立派な髷。鋭い目をした将軍、
「根絶やしにしなかったのか?」
「仕方ないだろう。鬼たちは被害者だからな」
「ふざけるな! 被害者は人間だ! 鬼は人々を襲って金品を奪うのだ!」
「そうは言ってなかったぞ。平和に暮らしたいだけみたいだしな」
「騙されおってぇ」
「いや、本当のことだ。事実、鬼に殺された人間の話を聞いたことがなかっただろう? 人間は鬼を勝手に怖がっていただけなんだよ」
「ぐぬぬぅ。あんな角の生えた妖怪は滅べばいいだろうが!」
「勘違いするなよ。
「うぐ……。で、では奪われた宝はどうなったんだ?」
「そんなのあるのかな? まぁ、そんなこと聞くことすら忘れてたや」
彼女は十分な宝を持ち帰っていた。
オニトという気になる異性への恋心である。
初恋。
それが彼女にとっては十分なお宝だったのだ。
「鬼は黄金を溜め込んでいると聞く! その黄金を取り返して来んか!」
「しかし、
「バカもん、バカもん、バカもーーーーん!! とにかく黄金を取り返して来ぉおおおおおいっ!!」
「誰がバカだと?」
と、ギロリと睨む。
その瞬間、鷹氏は青ざめた。
なにせ、城の外では象よりも大きい3匹の獣が、唸り声を出しながら桃太郎の指示を待っているのである。
また、桃太郎が刀を一振りするだけで、一瞬にして自分の体は両断される。
彼は彼女の技量を十分に把握しているのだった。
「と、とにかく……。黄金は持ち帰ってもらわねば困る。民衆も納得せんぞ」
「平和条約はどうするんだ?」
「バ……。そ、そんなもの信用できるか! 相手は鬼だぞ」
そう言われても、彼女の脳裏に焼き付いているのは勇ましいオニトの姿である。
『平和の為、みんなの為に、俺は命をかけてお前と平和条約を結びたいのだ!!』
その顔は凛々しく、脚は長くて男前。全身からはキラキラと光を発していた。
桃太郎は彼を思い出して全身を赤らめる。
……まぁ、若干、思い出フィルターがかかっているようにも感じるが。
「じゃあ、その黄金を持って帰ったら平和条約を結んでくれるのか?」
「ふん! そんなのは条件次第だ」
「おい。偉そうにするな」
ギロリ!
「うう! と、とにかく、黄金を持ってこい! 話はそれからだ!!」
「やれやれ……」
と、困りながらも、オニトに会える口実ができたことを嬉しく思う桃太郎だった。
彼女が城を去った城内では、鷹氏が暴れていた。
「クソクソクソーーーー! あのクソ女ぁああああ!!」
たしなめるのは老練な武将、
「まぁまぁ、将軍様。落ち着いてくだされ」
「これが落ち着けるかぁあ! 俺は将軍だぞぉおお!! 一番偉いんだぁああああ!!」
「作戦は万事遂行中でございます。入れ」
低野の指示で廊下から大きな足音が聞こえて来た。
大広間の鴨居をぬっと潜ったのは、2メートルを超える大男。
しかし、その全身は毛むくじゃらで、顔は恐ろしい獅子そのものであった。
「獅子人の牙丸でございます」
と、低野が紹介すると、その牙丸はどっしりあぐらをかいだ。
それを見た鷹氏は鼻で嘆息。
「ふん! 桃の次は獅子か。城に来る奴でまともな奴がおらんな」
「まぁ、そう腹を立てずに。こやつの一族ならば、桃太郎を殺せると豪語しておりますよ」
「やれやれ。本当にあの女を殺せるのか?」
獅子人の牙丸は人語を話した。
その声は低く、唸り声のように。
「我が一族は無敵だ」
鷹氏の眉がピクリと動く。
「無敵だとぉ?」
瞬間。
彼は刀を抜いた。
そのまま、獅子の横面を斬りつける。
しかし、
パキン……!
刀は硬い皮膚に弾かれて折れてしまう。
「ほぉ……。ならば、鬼も殺せるか?」
「無論だ」
これは闇の契約だった。
物の怪と将軍が密な関係であったならば、民衆からの指示は得られない。
不穏な噂は暴動を起こす危険性があるのだ。
つまり、民衆からの評価は将軍としては絶対なのである。
よって、鬼討伐は人間代表の桃太郎にさせるのが将軍の策略だった。
「よし。ならば鬼も桃太郎も殺せ。民衆には彼女が鬼を殺したことにすればいい」
(桃太郎には黄金を持ってこさす。そして殺害だ。平和条約だと? バカを言うな。鬼と人間が平和に暮らせるもんか。鬼は殺す。そして黄金も手に入れる。目障りな桃女は殺してやる。ククク。最高の筋書きだな)
城の上空では雷鳴が鳴り響く。暗雲が立ち込めるのだった。
☆
桃太郎は船を出していた。
向かうはオニトのいる鬼ヶ島である。
彼女は船上で待機する3匹のお供に話しかけていた。
「こ、これは止むなくだからな! 将軍の命令なんだから!! べ、別にオニトに逢いに行くわけじゃないんだからな!!」
お供は困るだけだった。
港でオニトたちが出迎える。
桃太郎が来るのは各セクターを通して鬼ヶ島に伝わっていた。
「よく来てくれた桃太郎」
「お、おう! げ、げ、元気か?」
「おかげさまでな」
「そ、そうか……」
「お前は……」
と、オニトは不審に思う。
なにせ、彼女の体は真っ赤で全身から汗を吹き出していたのだから。
「熱でもあるのか?」
「は? あ、あるわけないだろ!」
「……それにしては苦しそうだが?」
「む……。へ、平気だ!」
胸が苦しい、と言いかけて否定する桃太郎だった。
「平和条約の件。将軍は理解してくれたか?」
「あ、うん……。そのことで来たんだ」
言いにくそうにする彼女の顔に、オニトは何かを察する。
「まぁ、俺ん家でゆっくり話そうか」
「ふ、2人っきりでか!? まだ、早くないか?」
「え?」
「あ、いや。別に……お前がいいなら
「変な奴だな」
2人はオニトの家へと向かった。
到着するやいなや、
「こ、ここがオニトの家か!? 立派だな!?」
彼女は豪邸を見上げていた。
3階建ての大きな屋敷。
庭は広く、植木は綺麗に剪定されていた。
「ハハハ。なんか鬼たちが有志で造ってくれたんだ。ちょっと前まではボロ小屋で住んでたんだけどね」
この家は前回に長老から褒美としてもらった豪邸である。
「あ、
「へぇ、そうなんだ」
(どうしよう……。そういうことになったら……)
「は、初めてだから優しくしてくれよな……」
「なんの話だ?」
「「「 おかえりなさいませオニト様 」」」
と、メイドの鬼たちが出迎える。
「な、なんだ……メイドがいるのか……」
「あれ? なんか気に触った?」
「は、ははは。そんなのではない!」
(うう、でもちょっと残念ではある……)
「で、でも、凄いなオニトは! こんな豪邸に住むなんて!」
「ははは……。なんか、こうなっちゃった」
桃太郎が家に入ると、立派な神棚が見える。
そこには綺麗な桃がお供えしてあった。
「あ……」
「ふふふ。約束しただろう? 桃を大切に扱うってさ。今や、『神の実』って呼ばれてるんだぜ」
「あ、ありがとう…‥」
と、彼女は再び顔を赤らめた。
桃太郎は立派な客室に通された。
事情を聞いたオニトは目を見開く。
「え? 宝を返せ?」
「そうなんだ。それが将軍の指示でな。鬼は人間から奪った黄金を貯め込んでいるんだろ?」
「黄金か……。俺も見たことがないな。キリエナに聞いてみようか」
オニトは腕を組んだ。
(うーーん。鬼が装飾品を見に纏って贅沢をしている姿を見たことがない。それに以前、キリエナは、鬼は金銀財宝に興味はない、と言ってからな。鬼ヶ島に黄金なんてあるのだろうか?)
そんな彼を見て、桃太郎は、
(真剣に思い詰めた顔……。か、かっこいい……)
と、更に顔を赤らめるのだった。
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