第6話 鬼ヶ島で農業
「あ、オニト様だ。こんにちは!」
「オニト様、ごきげんよう」
「今日も畑作りですか、オニト様」
島を歩けばみんなから声を掛けられるようになった。
今はキリエナと共に畑作りの現場へと向かっている最中だ。
俺は記憶喪失なので鬼の記憶がない。
代わりに、前世だった、木崎 和成の記憶がある。
この記憶を頼りに開墾事業に精を出している。
田んぼ作りの指示を鬼たちに出していると、その画期的な方法に鬼たちは大絶賛。桃太郎の襲来を回避した手腕も買われて俺の評判は島内でも鰻登りらしい。
「オニト君、凄い人気ね……」
「ははは。なんかね……。どう対応していいかわかんないけどね」
前世の木崎 和成では主任の立場だった。
部下は3人いたけど、良いように利用されていただけだったな。
様付けで慕われるなんて想像にもしていなかったよ。
それに、前世ではみんな生きることに必死だった。
ここ、鬼ヶ島ではなにかゆったりとした空気が流れているんだよな。
桃太郎の襲来を回避した今。この平和な時間を大切にしたいよ。
「今日も良い天気ね。ふふふ」
「うん。良い空だ」
「記憶戻った?」
「いいや、全然。戻って欲しいの?」
「そんなことはないよ。えへへ。オニト君はオニト君だもん」
彼女は美少女だ。笑うと更に可愛い。
こんな可愛い女の子と一緒に歩けることが、もう奇跡だよな。
彼女は俺の秘書をしてくれている。
よく気が付く子なので、随分と助かっている。
「なんか、オニト君が遠い存在になっちゃったなぁ……。私は秘書だし……。やっぱり、私も、オニト様って呼ばないとダメなのかな?」
彼女とは幼馴染の友達らしい。
「いや、普通にしてくれよ。様付けなんてこっちが恐縮しちゃうんだからさ」
「良かった。いつものオニト君で♡」
現場に着くと2千人を超える鬼たちが木を切り土地を耕していた。
鬼たちは人間より遥かに体力がある。よって、大した道具を揃えなくても開墾作業は簡単だった。
加えて、キリエナに頼んでシフト表を作ってもらった。
そこには労働できる男の鬼たちの名前が全て書かれている。
1日働いて1日休む。
これなら無理のない労働環境と言えよう。
木崎 和成だった頃は社畜だったからな。主任で部下がいたとはいえ、中間管理職。上司からは無理難題をいいつけられた。部下を使えばもっと楽ができたかもしれないが、ただでさえ過重労働だったから、それさえできなかった。仕方なく自分で仕事をやってたけどさ。おかげで過労死。最後は病院のベッドの天井を見て人生が終わったんだよな。
この鬼ヶ島ではそんな人生はごめんだ。
好きなように生きたい。しかしそれは、自分も、周囲の人間も同様だ。
部下の鬼たちも無理のない仕事で人生を楽しむ。
ようするにみんなハッピーってやつだ。
人を動かす最高位の身分になった今、自分が部下を社畜にするわけにはいかないんだ。
みんな、適度に働いて、楽しく過ごす。勿論、俺も楽をする。
誰も傷付かず、誰も傷つけない。
めざせ平和な鬼ヶ島!
ふふふ。理想の上司がここにいますよ。
キリエナは持って来た地図を広げる。
「今日はどこまで開墾する?」
「そうだね……。順調に進んでいるから……」
その地図には、俺の字で島の大きさが書かれていた。
苦労した……。
まずは島の大きさを測る所からやったからな。
俺の1歩を1メートルと計算して、地図上の100メートルを見つけ出した。
そこから計算するに、島の面積はおよそ、60km²。
淡路島とか琵琶湖がだいたい600km²だから、その10分の1の広さだと思えばいい。
その中に約1万人の鬼が住んでいる訳だ。
うち、居住区などに使われているのは20km²。
つまり、残りの40km²は未開の土地だ。
東京にある硫黄島が約20km²だったから、その2倍の広さを農地にすると言う感じ。
1万人の鬼を食べさせるには十分な量が取れるだろう。
鬼ヶ島は不思議な所で、桃がそこかしこになっていた。
聞けば、四季に関係なく、年中なっているとのこと。
童話の中の異世界だからだろうか?
理屈はわからんが便利な環境だ。
桃は水はけと水もちのバランスがよい土を好む植物だから、ここの土壌は豊かなのだろう。
つまり、鬼ヶ島は田畑を耕すには最高の立地ということになる。
まずは米を作りたい。
既に耕せた土地には
水をやっていれば1週間以内には発芽するだろうから、その時が楽しみだ。
発芽から刈り入れまでは約半年かかるが、その感動は計り知れないだろう。
ふふふ。
俺の前世は農機具関連の広告代理店業務だったからな。
田畑のことについては詳しいんだ。
とはいえ、自分で米を作るなんて初めてだからな。
感動は他の鬼と同様。自分で作った米を見る感動はひとしおだろう。
泣いちゃうかもね。ふふふ。
ああ、半年後が楽しみだなぁ。
などと思っていると、部下の女の子が大声を張り上げてやって来た。
「オニト様、大変ですだ!」
彼女の名はマイ。
水色の美しい髪をした女の子。
巨乳で色白。おおよそ、野良仕事をするなんて想像もできない見た目だけれど、言葉の訛り方が独特だ。
彼女は自ら志願してきた。農業には相当に興味があるようだ。その熱意を買って色々と率先してやってもらっている。
「大変ってどうしたの?」
「こ、米がなってますだーーよ!!」
なってる?
って、
「発芽したってこと?」
「は、はつがと言うのですか? とにかく米がなってますだ!」
と、その大きな瞳を輝かせる。
昨日蒔いた籾がもうなったのか。
ふふふ、流石は鬼ヶ島。最高の環境じゃないか。
これなら半年どころか、2、3ヶ月で刈り入れまでできるかもな。
とにかく状況確認に行こうか。
俺たちはその場所へと向かった。
「オニト様! これ、どうしたら良いですだ!? オラ、胸のドキドキが止まらねぇですよ!!」
はい?
思ってた状態と違うぞ??
眼前には黄金に輝く稲穂が僅かな風で揺れていた。
「嘘ぉーーーーん」
昨日蒔いた籾が、もう稲穂にまで成長して、豊かな米が実ってる!
感動が飛び越えて驚きの方が凄い。
「あは! オニト君! 苦労が実を結んだね!」
「早すぎるんだよな……」
「これはどういうことですだ!? オニト様!? もしかして、もう米ができてるだか!?」
「うん。そういうことだな」
「たはーー! やっちゃっただーー!! オラ、米を作っちゃだだよぉおお!!」
彼女は俺に抱きついた。
「オニト様ーー♡ オラ、嬉しいだぁああ!!」
「お、おいおい」
しかし、早すぎるだろ。
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