第4話 桃太郎と交渉

 俺は船に乗っていた。

 鬼ヶ島の周囲にはいくつかの島が点在する。

 そこにセクターを築いているのだろう。

 

 4つの島から黒い煙が上がっていた。

 桃太郎の攻撃に遭い、落とされたに違いない。

 イーラさんはそれを見て奥歯を噛んでいた。


 第2セクターに到着。

 鬼たちは臨戦態勢だった。


「イーラ様が来てくれたぞ!」

「おお! これで百人力!!」

「勝ったも同然だな!」


 と、盛り上がる。


「みんな違うのだ。よく聞いてくれ。これは長老の指示だ」


 イーラさんの言葉にみんなの顔色が変わる。

 彼女は事の経緯を話した。


「──よって、今からオニトが桃太郎と交渉をする。我々はそのサポートに徹するんだ」


 騒めく鬼たち。

 

 この交渉に失敗は許されないんだ。

 俺からも念を押しておこう。


「みんな。絶対に桃太郎には攻撃をしないでくれ。平和的に解決するんだ」


「「「 平和ぁ? 向こうから攻撃を仕掛けらているんだぞ!? 」」」


「それでも我慢だ。人間と平和条約を結ぶ」


「「「 平和条約ぅ?? 」」」


 と、みんなは首を傾げる。

 人間と鬼は敵対関係だったからな。

 そんな存在と平和協定を結ぼうとしているんだ。

 そりゃあ、しっくりこないだろうよ。


 しかし、これが唯一の方法なんだ。

 これしかない。

 鬼が桃太郎に勝つ未来なんてないのだから。


 1人の鬼が叫んだ。


「桃太郎が上陸しました!!」


 ついに来たか。

 忌まわしき俺たちの宿敵……。

 って、


「え??」


 耳に響いたのはバッサバッサと羽ばたく羽音。

 それは豪風となり、俺たちの体を揺らした。


 はい?

 き、雉だよね?


 その体は大きい。

 羽を広げると20メートルは悠に超えているだろうか。

 巨鳥がそこに羽ばたいていた。


『ウッホ! ウッホ!!』


 と、象よりもデカイゴリラのような猿が、胸を叩く。

 その横には、やはり象よりもデカイ犬が『ガルル』と唸り声を上げていた。


 いやいやいやいや。


 想像を遥かに超えて来たな。

 あれが3匹のお供かよ?


 そして、その真ん中には豪奢な羽織を着た人物が立つ。

 長く、ピンク色の髪はポニーテールに結っている。

 自信満々に胸を張って歩くと、大きな2つの物体がポヨンポヨンと動いた。


 はいいい?

 思ってた桃太郎と違うぞ??


 しかし、その背中には2本ののぼり

 ご丁寧に、片方には『日本一の』と書かれており、もう一方には『桃太郎』と表記されていた。


 まつ毛のたっぷりある大きな瞳は鋭く吊り上がっていた。

 真っ白な肌といい。整った目鼻立ちといい。随分と美しい。



「も、桃太郎が、女だと?」



 彼女は豪勢に笑った。




「だはははーーーー!! あたしは桃太郎!! 鬼は成敗するぅうううう!!」




 大雉が豪風を巻き起こすと、10人を超える鬼たちが空へと飛ばされた。


「やれぇ! 猿ぅうう!!」


 彼女の指示で大猿が島を破壊する。

 大猿の拳が地面を叩くと、そこは地雷でも爆発したかの如く大きく爆ぜた。

 大勢の鬼がその爆発に巻き込まれる。


「犬ぅうう! 鬼たちを噛み殺せぇえ!!」


 大犬はあっという間に5人の鬼の四肢を噛みちぎった。


 そして、桃太郎が刀を振ると、その斬撃で大地を切った。 

 その跡は、まるで渓谷のように深く抉れていた。

 別格。お供の力なんて比べもんにならない威力だ。


 つ、強すぎる!

 1秒で100人以上は殺されたぞ!

 こんなの勝てるわけがない!!

 急がないと殺される!!


「イーラ様、応戦しましょう!!」

「う、うーーむ」


 ダメだ!

 攻撃なんかしちゃ交渉できなくなる。


「みんな耐えてくれ!! 絶対に攻撃しちゃダメだ!!」


 俺の指示にイーラは止むなく従った。


 よし。

 さぁ、やるぞぉ。






「待ってくれ、桃太郎!! 交渉させてくれぇえッ!!」





 

 桃太郎は眉をピクリと動かす。

 片手を軽く上げると、3匹の獣は動きを止めた。


「交渉だとぉ?」


「そ、そうだ」


「お前……。鬼のくせに変わってんな」


「俺の名はオニト。長老からこの件を任されている者だ」


「この件だと?」


「君と結ぶ、平和条約さ」


「平和条約ぅ?」


「そうだ。俺たちはもう人間を襲わないと決めた」


「だはは! 何、調子の良いこと言ってんだよ。散々、人間を襲っておいてさ」


 確かに。

 しかし、


「それは人間が襲ってきたからだろう」


「何ぃ?」


「我々から攻撃することはないぞ。鬼は人間の攻撃に対処しているだけにすぎない」


「そんな見た目でか?」


「見た目で判断しないでくれ」


「うーーむ」


「何も悪いことをしていなくてもさ。厄介払いをしたいのが人間じゃないのか? その対象が俺たちだった」


 勝手な想像だけど。

 孤島である鬼ヶ島に住んでいるのは、人間の世界が住みにくいからではないだろうか?

 角が生えているだけで迫害を受ける。

 つまり、鬼は人間に追いやられた。そう考えると辻褄が合う。

 鬼が被害者になれば、桃太郎は同情をする。そうなれば交渉の余地は出てくるだろう。


「俺たちは平和に暮らしたいだけだ」


「……フン! だったらどうだって言うのだ?」


 よし、少しは心に響いたぞ。


「俺たち鬼は、もう人間を襲わない」


「しかしな。みんなは鬼を怖がっている」


「本土にも行かないさ。人間に姿を見せなければ解決だ」


「どうやって暮らすんだ?」


「農業をする。鬼ヶ島の中だけで暮らすつもりだ」


「鬼が田畑を耕すのか??」


「そうだ」


「ふぅむ……」


「人間と平和条約を結びたいんだ」


「平和条約だと? しかし、人間は鬼と戦ってきたんだ。今更、そんな条約は結べんさ」


 これも想定済み。

 船で移動する最中に答えを考えておいた。


「君は正義の為に戦っているんだろ? みんなが平和に暮らすためにさ。鬼を殺すためじゃない」


 桃太郎は正義のヒーローだ。復讐者じゃない。

 まぁ、童話で受けた印象だけだがな。


「まぁな。あたしは平和の為に戦っている」


 良かった。そこは俺の想像どおりだ。

 

「だったら、鬼と人間が仲良くなる架け橋になってくれよ」


「ほぉ……。お前、オニトと言ったか。随分と頭が回る奴だな。しかしな。鬼には角が生えている。やはり畏怖の存在だ」


 いやいや。


「めちゃくちゃな理由だな」


「鬼は人間の敵なのさ」


 無理矢理にも理解してもらうぞ。


「酷いじゃないか。俺たちは何もしてないのにさ。見た目だけで攻撃を受けるんだぞ?」


「それが鬼という存在だろう」


「だったら、もう十分に罰は受けたんじゃないか?」


「何?」


「君がここに来るまでに、随分と鬼を殺したじゃないか」


 鬼が被害者だとわかれば同情の余地が生まれるはずだ。

 彼女の心に訴えかける。

 

「だったらなんだ?」


 と、桃太郎はつまらなそうに聞いた。


 よし、念押しだ。



「鬼だって家族がいるんだ」



 これでどうだ?

 人間と同じってことを伝えれば、もう鬼を攻撃することはできない。


「フ……」


 と鼻で笑ったかと思うと、和やかな顔になった。

 それは明らかに戦闘態勢を解除した空気が感じられた。


 やった! 

 上手くいった!!


「じゃあ、人間と鬼の平和条約! 結んでくれるか?」


「……」


「俺たち鬼は人間に干渉しない! 平和に暮らす! 人間も鬼を攻撃しないでくれ!」

 

 よぉし、いいぞ!

 これで平和な鬼ヶ島ライフだ。


 と、喜ぶやいなや、とんでもない言葉が返ってくる。




「調子の良いことを抜かすな。鬼は1匹残らず、ぶっ殺す」




 何ぃいいいいい!?


「犬、猿、雉! やれ!!」


 桃太郎の命令で、再びお供が動き出した。

 第2セクターは阿鼻叫喚。


「ま、待ってくれ!! なぜだ!? どうして!?」


「ふん! 鬼は桃太郎の敵なのさ」


「どうしてそこまで憎むんだ!? 俺たちは平和に生きたいだけなのに!!」


「調子のいいことを抜かすな。今まで散々、桃を粗末に扱って来た癖に」


 え?


「桃ぉ?」


「そうだ。鬼は桃を粗末に扱って来た。その報いを受けるべきなんだ」


 そういえば、俺の記憶が目覚めるまで、鬼たちは桃を食べ物として扱っていなかったな。

 遊びで使ったり、家畜の餌に使ったり。『悪魔の毛の実』と呼んでいたっけ。

 しかし、


「それと、平和条約となんの関係があるんだ?」


あたしが生まれた理由さ」


 桃太郎の出生理由だと?

 童話では大きな桃が川から流れて来て、お婆さんがそれを拾って、割ったら中から出て来たんだよな?

 でも、桃太郎が大きな桃に入っていた理由は誰も知らないはずだ。




あたしは桃の神の使者だ。桃を粗末に扱う者に天罰を下す」



 も、桃の神?


「なんだそれ?」


「鬼たちは桃をゴミのように扱っている。家畜の餌にしたり人にぶつけたりしてな。桃の神は桃を粗末にする者を許さない。そんな存在に罰を与えに来た。あたしは桃の中から生まれた、桃の神からの使者なのさ」


 なるほど、そういうことだったのか。

 裏設定ってやつだな。


「天罰を受けよ」


 桃太郎が手を上げると、3匹のお供が暴れ出した。


 こ、このままじゃ殺される!


 俺は近くの木になっていた桃を1個取って皮を剥いた。


「桃太郎!!」


 と、叫んでから被りつく。

 

 ハグッ!!




「今後! 鬼たちは桃を大切に扱う!!」


 


 偶然にも、記憶喪失の俺が鬼ヶ島で受け入れられたのはこれのおかげなんだ。

 皮を剥けば、桃は食べれる。

 そのことを鬼たちは知らなかったんだ。


 桃太郎は目を見張る。


「鬼が……。桃を食べるだと?」


 俺の姿に、桃太郎は完全に戦意を失った。


「俺たちは平和に生きたいだけなんだ」


「ふん……」


 と、そっぽを向く。


 桃太郎の目的は全て潰した。

 彼女の目的はたったの2つ。

 1つ目は人間からの報復代行。これは鬼たちの方が被害者であることを印象付けてクリアした。

 2つ目は桃を無碍に扱って来たことへの天罰。これは皮を剥いて食べれるということで改善する。


 目的を潰されては成す術はないだろう。

 今は不本意な状態に納得していない感じだな。戦意の喪失に自分の気持ちが追いついていないんだ。


「鬼と人間の平和条約。結んでくれるか?」


「……人間に危害を加えず、桃まで大切にすると言われたらな。滅ぼす理由がなくなった」


 よし!!

 平和への第1歩だ!!


「ただし、少しでも人間に危害を加えたり、桃を乱雑に扱ってみろ。その時は……」


 3匹のお供が唸り声を上げる。


「大丈夫だ。絶対にそんなことはさせない。俺たちは平和に生きる」


 誰も傷つけず、自給自足の生活を徹底するんだ。


 俺と桃太郎は船で移動。

 みんなで鬼ヶ島に上陸。

 この件を長老を交えて話すこととなった。



────


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