第3話 桃太郎の襲来

 長老の叫びが響く。


「全セクターは桃太郎を迎え討つのじゃ!!」


 いかん!

 そんなことをすれば全軍全滅だぞ。

 それに全セクターがやられれば、いずれは本丸であるこの鬼ヶ島にもやって来る。そうなればみんな殺されるぞ。


 戦っちゃダメだ!


「長老! 俺の話を聞いてください!」


「こんな時になんじゃ!?」


「こんな時だからです! 俺は桃太郎を知っています!」


「何!?」


 みんなは俺に注目した。

 イーラさんは俺を睨みつける。


「どういうことだオニト。訳を話せ」


「俺の前世の記憶に『桃太郎』という有名な童話があります」


「童話だと? 子供に向けた話であろう? 今はそんなことを持ち出す時ではない」


「それがそうも言ってられないんです。桃太郎の話はこうです。桃から生まれた桃太郎が犬と猿と雉を連れて、人間に悪さをする鬼退治の討伐へと向かう。鬼ヶ島に乗り込んだ桃太郎は、鬼たちを退治して宝を持ち帰って幸せに暮らした。というモノです」


「な、なんだ! そのふざけた話は!?」


 人間にしてみれば、これが普通なんだよな。


「わしらは人間に悪さなんてせんぞい」


「人間側はそう思っていないんですよ。角が生えているだけで、畏怖の存在なんです」


「オニトよ。その童話では我々は滅ぼされてしまうのか?」


「はい。桃太郎は鬼を倒して英雄になります」


「ふぅむ。我々が桃太郎に負ける……。その話をどこまで信じて良いものか……」


 と長老は眉を寄せる。

 そこへ、部下が声を上げた。


「長老様。オニトが言っているのは本当かもしれません。その証拠に彼は桃太郎の姿を見ていないのに、お供の獣を当ててしまいました」


「ほぉ……」


「桃太郎は犬、猿、雉の3匹のお供を操って、鬼たちを攻撃しているのでございます」


「ふぅむ……。この破竹の勢いも相まって、その童話は真実味があるのか……。うーーむ、ではオニトよ。我々はどうすれば良いのじゃ?」


 そこなんだよな。

 それを考えていた。

 詳しいことはわからないが、確実にわかっていることがある。



「戦ってはいけません」



 そう、これだけは確実。

 なにせ、鬼は負けるのが運命なんだからな。


 イーラさんは金髪を振り乱す。


「ふざけた事を言うな! 同胞がやられているのだぞ! それにいつもそうだが、人間から攻撃を仕掛けてくるんだ! 我々は応戦しているだけにすぎん!」


「気持ちはわかります。でも、戦っちゃダメです」


 物語は桃太郎の勝利になるのが絶対なんだから。


「我々の力を合わせれば、人間の1人や2人、なんてことはない!」


 そういうことじゃないんだよな。


 そこへ、新たな部下が入ってきた。


「申し上げます!! 第6、第5セクターが全滅しましたッ!!」


 この事によって、俺の言葉が更に真実味を増した。

 長老は汗を垂らす。


「オニトよ。我々が生き残る方法はないか?」


 鬼が生き残る方法。

 それは、


「探索隊を廃止して、島だけで暮らすようにするしかないと思います」


「な、何!? では、どうやって暮らすのじゃ??」


「狩りをして、田畑を耕して平和に暮らすんです」


「そ、そんなこと……。我々にできる訳がないじゃろう。狩りならばいざ知らず、田んぼなんてどうやって耕せばいいんじゃ?」


「ある程度なら、俺がわかります」


 俺の前世は広告代理店で、その内容は主に農機具関連の仕事だったからな。広告を作るのに農作物の知識を勉強していたんだ。だから、農業についてはある程度の知識がある。

 人を襲うのをやめて、平和に暮らせば、鬼たちが生き残る可能性はあるんだ。


「ふぅむ。我々にも変革の時が来たのか……」


「私は嫌です! 全力を上げて桃太郎を殺すべきです!!」


 そこへ、血まみれの部下が入って来た。


「だ、第4セクターが……。や、やられま……した」


 と、その場に倒れ込み絶命する。


「考えている時間は無さそうじゃ。オニトの案を採用しよう」


 よし!

 いい感じだぞ!


「では、そのことを桃太郎に伝えねばならんな……。具体的な詳細を語れる者が適任じゃが……」


 その通りだ。

 交渉は慎重にしなければならない。

 俺たち鬼は人間の敵なんだからな。

 少しでも敵意を見せれば桃太郎に殺されてしまうだろう。

 知識が多く、言葉の交渉の上手い鬼が良い。


「鬼ヶ島でキレ者といえば、イーラしかおらんのじゃがなぁ」


「わ、私が桃太郎と交渉をするのですか!? 人間に頭を下げろと言うのですか!?」


 ああ、ダメだ。

 こんな敵意が剥き出しじゃあ、とても彼女じゃ務まらないぞ。

 交渉ができるような鬼はいないのか?


 みんなは俺を見つめていた。


「え……。な、何?」


 い、嫌な予感……。


「オニト君しかいないと思う」

「うむ。オニトが最適じゃな」


 えええええ!?

 待て待てーー!

 鬼を惨殺してる桃太郎の前に行くんだぞ!?


 長老は深々と頭を下げた。


「オニト。頼む。お主しかおらんのじゃ」


 ううう。

 た、確かに……。

 俺は前世の記憶がある。

 桃の皮を剥くことすら知らなかった鬼たちに比べれば、遥かに知識を持っているだろう。そう考えれば、適任なのか……。


「オニト君、お願い! 私たちを助けて!」


 交渉が失敗すれば、俺も桃太郎に殺されるんだ。……仕方ない。


「わかりました。やってみましょう」


「あは! ありがとうオニト君!」

「恩にきるぞ。オニトよ!」


 本当は嫌だが、背に腹は変えられん。

 どうせ殺されるなら一縷の望みにかけようか。


 桃太郎と平和の約束をする。

 つまり、


「人間と平和条約を結ぼうと思います」


「ほぉ、それはどんな約束なのじゃ?」


「鬼は人間を傷つけない。人間も鬼に攻撃しない。探索隊は廃止して島内で暮らす。それなら互いが平和に暮らせるはず。これが条約の内容です」


「……うむ。それしか方法がないのだな?」


「はい」


「……わかった。全てはオニトに任せよう」


 よし、鬼側は納得させたぞ。

 次は桃太郎だ。


 俺は船に乗って鬼ヶ島を離れた。

 向かうは桃太郎との交渉の地。第2セクターである。

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