第2話 オニトの出世

「何? 記憶を失い、前世の記憶を呼び起こしたじゃと?」


 白髪の老人は白い眉を上げた。

 老人といっても3メートルはあるだろうか。

 爺さんだけど随分とデカイ。

 勿論、額には2本の角。

 この人も鬼であり、鬼ヶ島のリーダーをしている長老だ。

 他の鬼より倍以上デカい……。きっと何年も生きているのだろう。


 なんとかこの人に桃太郎のことを伝えて、バッドエンドから回避する必要がある。

 さて、どうやって伝えようか?


「オニト君は桃の皮を剥いだんです。それから実を綺麗に切って食べさせてくれました」


「なんと? 悪魔の毛の実を食べたのか?」


「はい。とても美味しかったです」


「ふぅむ……。オニトよ。それは前世の記憶か?」


「はい。俺のいた世界では桃は食べ物でしたからね。長老にも剥きましょうか?」


「うむ。見せてみよ」


 俺は桃の皮を剥き、実を綺麗に切った。


 まずは、俺の言葉に信憑性を持たせないとな。


 長老はその実をマジマジと見つめた。


「うーーむ。見事な手捌きじゃ。皮が無くなれば薄い毛に苦しめられることはない。こんなに薄く剥ぐなんて、鬼ヶ島の中でもお前しかできんじゃろうな」


 ははは……。

 鬼の生活レベルが人間とは違いすぎるな。


 長老は躊躇いながらも桃を口に入れた。


「う、美味い!」


 長老は大層喜んだ。

 その横には付き人がいて、それは背の高い女だった。

 名前はイーラ。

 鋭い目つきをした金髪の美しい鬼である。

 彼女も桃を食べて驚いていた。


「長老様。オニトの知識は鬼ヶ島に富を与えるかもしれません」


「ふぅむ。では、出世させてやるか」


 おお、なんか良さそうな話の流れだな。


「現在、オニトは馬小屋の掃除当番でございます。それ以上に格上げしてやるのが良いかと」


 俺、掃除当番だったのか……。


「よし、では探索隊に入れてやろう」


 探索隊?

 なんか変なワードが出て来たな。


「あは! 良かったねオニト君!」


「え? あ、あの……。それってどんな仕事なんですか?」


 イーラは眉を上げた。


「そんなことまで忘れてしまったのか?」


「はい。鬼ヶ島のことは全て記憶にありません」


「やれやれ。探索隊は、お前が憧れていた職種だろうに」


 俺が、憧れていた?


「それって、何をするんですか?」


「食材を探すのさ」


「食材探し??」


「鬼ヶ島の食べ物だけじゃ暮らせないからな」


 島の食材だけ……。


「広そうな島ですけどね。農業とかしないんですか?」


「ははは。そんな知識あるわけないだろう」


 確かに……。

 桃の皮を剥けないほどの生活だからな。


「本土に行って食材を調達する。それが探索隊の仕事だ」


「本土って?」


「勿論、人間の住む場所だ。鬼ヶ島から船を出してな」


「ああ。人間を襲うんですね?」


「そんなことするわけないだろう」


 え?


「我々、鬼は平和が好きなんだ。探索隊は食材の調達だけが目的さ」


 何?

 俺の知ってる鬼じゃないぞ。

 童話に出てくる鬼は人間の敵なのに。


「じゃあ、人間は敵じゃないんですか?」


「敵対はしているな。我々を見ると人間は腰を抜かすからな。そんなこともあって、人間は群れを成して攻めてくるんだ」

 

 なるほど。

 敵対視はされているのか。


「しかし、人間は弱い。全て撃退さ。我々に傷さえつけれん」


 なるほど、そんなことを続けているから桃太郎が来て、鬼は滅ぼされるんだな。

 なんとか滅亡ルートは回避したい。


「探索隊って危なそうですよね?」


「なんだ、嫌なのか?」


「は、ははは。危険なのはちょっと……」


「随分と変わってしまったな。あんなに憧れていた職業なのに」


「もしかしたら怪我をするかもしれないじゃないですか……」


「ははは。そんなことがあるわけないだろう。確かに、人間は我々を見るや直ぐに攻撃を仕掛けてくるがな。しかし、鬼は人間よりも身体能力に優れている。この強靭な肉体に傷などつけれるもんか」


 なるほど。鬼らしく、身体能力は人間より上なんだな。

 それにしてもやはり、鬼たちは桃太郎の存在を知らないんだ。

 鬼の存在を脅かす人間、桃太郎のことを。


「じゃあ、私と同じ、長老様の付き人をするか? お前の知識は使えそうだからな」


「あ、それでお願いします」


「あは! 良かったねオニト君」


 よし、いいポジションにつけたぞ。

 俺の知識を利用すれば、長老様に助言ができる。

 このまま、桃太郎に殺されてバッドエンドなんてまっぴらごめんだからな。


 と、その時である。

 1人の男の鬼が血相を変えて入って来た。


「大変です! 第7セクターが攻撃を受けました!!」


 場に緊張が走る。


 しかし、俺は意味がわからん。

  

「あの、イーラさん。お取込み中申し訳ないのですが、第7セクターってなんですか?」


「そうか、お前は記憶がないのだったな。よし、教えてやろう。この鬼ヶ島の周辺には7つの基地があってな。そこを拠点に探索隊が動いたり、人間からの攻撃を防御したりしているのだ」


 俺の知っている桃太郎の童話とはかけ離れているな。

 まぁ、ピーチボールとか探索隊のところでそれは随分と感じてたけどさ。


「フン。愚かな人間よな。返り討ちにしてくれようぞ。第7セクターの鬼は応戦せよ!!」


 こんなことも想定済みか。


 イーラさんが部下に指示を出すと、その者は部屋を出て行った。

 同時に新しい部下が入ってくる。


「大変です!! 第7セクターが落とされました!」


「何ぃいい!? なぜだ!? どうして!? 相手は人間だろう!?」


「は、はい! たった1人の人間です!!」


「た、たった1人だとぉおおッ!?」


 ドクンドクンと、心拍が上がる。


 き、来たのか……奴が?


 長老は険しい顔つきへと変わった。


「第6、第5、第4セクターの鬼は協力して立ち向かうのじゃ! 残りのセクターにもこのことを伝えよ!!」


「は!」


 イーラさんはワナワナと震える。


「クソ! どうして人間ごときに!! しかも、たった1人だと!? 信じられん!!」


 彼女の様子から、初めて体験する事態なのだとわかる。

 やはり、襲って来ているのはアイツしか考えられない。


 新しい部下が入ってくる。




「第6セクターも落とされました!! 全滅です!! 1人残らず殺されました!!」




 は、速い!!


「一体、どんな攻撃方法なのだ!?」


「はい! 3匹の獣を操って鬼たちを一掃しております!」


 3匹の獣……。

 おそらく、犬と猿と雉だ。


 イーラさんは地団駄を踏む。




「そいつは何者なのだ!?」




「はい! 背中に2本ののぼりを刺しておりまして、そこには『桃太郎』と記されております!」




 やっぱりぃいいーーーーーーーーーー!!

 桃太郎キターーーーーーーーーーーー!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る